●四カ国条約 しかこくじょうやく
ヨーロッパ 英国 AD
ワシントン会議において,アメリカ,イギリス,日本が結んだもので,正式には,「太平洋方面における島嶼たる属地および島嶼たる領地に関する四カ国条約」という。【成立の背景】第一次世界大戦後,日米関係が悪化し,両国間には激しい建艦競争がおこった。ところが,まもなく戦争不況が世界をおおい,財政難に陥った各国では軍備制限の声が高まった。一方,当時のアメリカにとっての大きな脅威は日英同盟の存在であった。この両国の海軍力を合わせれば,アメリカを大きく凌駕するからである。そこで,アメリカは1921年7月をもって日英同盟が満期となる機をとらえ,この同盟の廃棄と海軍軍縮をねらい,ワシントン会議開催を提案したのである。日英同盟存続交渉において,イギリスはアメリカを加えた三国協定の構想をもち,日本は三国協商を提案したが,アメリカは満足せず,結局は太平洋に関する一般的国際協定ということで落着した。そして,太平洋方面に若干の利益をもつフランスを加え,四カ国条約として調印された。
【条約の内容】四カ国条約は次の4条からなる。[1]太平洋方面における島嶼たる属地および領地に関する権利を相互に尊重することを約束し,外交交渉によって解決できない紛争が生じた場合には,共同会議を開いて調整する。[2]右の権利が他国の侵略行為によって脅かされる場合には,共同または個別に最も有効で隔意のない交渉を行う。[3]有効期限は10年とし,その後は調印国が1年の予告によって終了させるという権利を行使しない限り存続する。[4]この条約が批准されると同時に,日英同盟は終了する。
【条約の意義】ワシントン会議の最終目標は海軍軍備制限にあったが,四カ国条約はそのための条件整備という意味をもつものであった。しかし,もちろんそれだけではなく,この条約は日英同盟を廃棄させることによって,米英仏日の4国による太平洋上での新しい国際関係の樹立をもたらした。とくに日本にとっては,以後の外交に大きな変化を及ぼし,従来の日英同盟を基軸とした外交が終わり,日米関係が大きくクローズ=アップされてくることになった。アメリカにとっても,日英の提携に楔を打ち込むことによって自らの安全を確保し,逆にイギリスとの連携を強めて日本に対する優位を確立した点で重要であった。