●シェークスピア
ヨーロッパ 英国 AD1564 チューダー朝
1564〜1616 イギリス=ルネサンス期の詩人・劇作家。エリザベス朝時代には,優れた文人エドマンド=スペンサー,フランシス=ベーコン,フィリップ=シドニーや劇作家クリストファー=マーロー,トマス=キッド,ベン=ジョンソンなどが輩出したが,シェークスピアはそのなかでも第一の天才である。【生涯と劇作活動】ベン=ジョンソンはシェークスピアを〈わずかのラテン語とそれ以下のギリシア語〉しか知らない無学の詩人とけなしたが,生地ストラットフォード=アポン=エイヴォンには由緒あるグラマー=スクールがあり,そこでしかるべき学問を身につけた。また哲学者カーライルは彼を〈あわれなウォリックシャーの土百姓〉と呼んだが,父ジョンは羊毛や麦を扱う商人であり,町の陪審員や町長までつとめた家柄であった。18歳で8歳年上のアン=ハサウェイと結婚,5ヵ月足らずで長女スザンナが生まれ,2年後に双生児ハムネットとジュディスをもうけている。妻アンは悪妻で鳴り,詩人は死の前の遺言書で〈わが家の二番目によい寝台一つ〉しか贈らなかった。ロンドンに出てから,1594年,ペストの流行後に新結成された宮内大臣一座の「ザ=シアター」によって世に出るまで,詳しいことはわからない。しかし,この間役者としての修業のほか,マーローなど他人の作品を切り貼りして劇作を手がけたらしく,まもなく『リチャード3世』,『じやじや馬馴らし』を書き,『ロミオとジュリエット』で大成功を収める。1599年新改築された「グローブ座」に移り,『ウィンザーの陽気な女房たち』や『ハムレット』を上演,円熟期に入るが,このときまでに座付作者,俳優,劇場の有力株主として地位を確立していた。1603年エリザベス女王が逝去,新王ジェイムズ1世の即位に伴い『マクベス』を制作上演するが,このころより心境に変化をきたし,1610年から郷里ストラットフォードの「新屋敷」に退き,『あらし』などのロマンス劇を書きながら晩年を送った。
【思想背景と作品】シェークスピア劇の背景は,広くギリシア・ローマ神話,プトレミー哲学,新プラトン主義,中世歴史,キリスト教思想を基盤に,ルネサンス期の新しい世界観や懐疑思想,とくにコペルニクスやモンテーニュ,マキァヴェリの革命的な人間中心主義・性悪説・権力主義などを加えたものである。劇のプロットや主人公の行動の筋書きは,多くホリンシェッドの『アングロ・サクソン年代記』やプルタークの『英雄伝』,ジラルディ=チンティオの『百話』などの種本によった。しかし,全体的には初期のプラウトゥスやテレンティウス,セネカのローマ劇からとった友情と恋,機知を主題にした「星の秩序」,「宇宙の音楽」の階調にもとづく喜劇的スタイルから,人間の意志・欲望と,人生の運命,超自然的な神意との二律背反のもとにキリスト教的な救い,カタルシスと和解を追求したのちの悲劇的テーマに移行している。作品の制作年代は,ふつう4期に分けて考えられる。[1]第1期−1592〜94年“習作歴史劇・喜劇時代”『ヘンリ6世』,『間違いの喜劇』,『ロミオとジュリエット』など。[2]第2期−1596〜1600年“円熟歴史劇・喜劇時代”『真夏の夜の夢』,『ヴェニスの商人』,『ヘンリー五世』,『ジュリアス=シーザー』,『お気に召すまま』,『十二夜』など。[3]第3期−1601〜09年“問題劇・悲劇時代”『ハムレット』,『尺には尺を』,『オセロー』,『リア王』,『マクベス』,『アントニーとクレオパトラ』,『アテネのタイモン』など。[4]第4期−1610〜16年“ロマンス劇時代”『シムベリーン』,『冬の夜ばなし』,『あらし』など。このほか,初期に二つの長編詩と,153編からなる『ソネット集』がある。
【舞台と批評】エリザベス朝時代の劇場は,幕も装飾もないむき出しの張出し舞台で,客席も平土間と桟敷席とに階級分けされていた。また興行も昼間のみで,女性の役者が禁じられボーイ=ソプラノの少年が女形を演じるなどの制約があった関係で,贅を尽くした衣装のほかは,情景描写・装置・音楽などすべて,人物の心理,動作と合わせ詩的なイメージやシンボルの形で脚本に書き込まれた。シェークスピア劇の解釈と批評は,この舞台と脚本の相関関係の両面からみることが必要であり,これまで大略次の四つの学説がとられてきた。[1]性格批評−劇は芸術としてのフィクションであるというより,主人公の性格,〈ヒュブリス〉(悲劇的欠陥)とほかの人物,運命とのからみから生じる葛藤であると考えるダウデン,ブラッドレーをはじめとする基本解釈。[2]歴史的方法−シェークスピアは想像のみで劇をつくり上けたのでなく,歴史の種本からアクションを〈模倣〉,再構成したのであるから,伝統や原型を中心にみることが必要だと主張するティリアードラの方法。[3]美学的方法−劇は舞台上で演じる脚本である前に一つの詩的・美学的なテキストである。したがって内的なテーマの展開,象徴的モチーフといったものを重視しなければならないとするナイト,ナイツらの解釈法。[4]複合的批評−シェークスピア劇はこれらすべての要素を包含した深遠なドラマであり,物語と寓意・性格と心理・世界観など多元的な面を合わせ解釈しなければならないとするベゼルなどの批評態度。現在のストラットフォードの「シェークスピア記念劇場」や,ロンドンの「ロイヤル=シェークスピア劇団」,「ナショナル=シアター=カンパニー」などによる製作・上演は,これら新旧の解釈を踏まえた上での実験演出とみてよい。
【代表テキスト】代表的な原文テキストには,注釈の詳しい専門研究者用の『新ヴェリオーラム・シェークスピア全集』,上演用の脚本として『アーデン版シェークスピア全集』,アカデミックなスタンダード本として定評のある新改訂の『新ケンブリッジ版シェークスピア全集』,日本で刊行されている『研究社詳注シェークスピア双書』などがある。
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