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●慈雲尊者 じうんそんじゃ

アジア 日本 AD1718 江戸時代

 1718〜1804(享保3〜文化1)江戸時代末期の学僧。1718年(享保3)7月28日大坂の高松藩蔵屋敷において上月安範の7子として生まれ,諱は飲光(おんこう),字は慈雲,号は百不知童子・葛城山人。15歳で仏門に入り,法楽寺貞紀和尚の弟子となり,神儒の道をも究めて一大導師となる。儒,詩は伊藤東涯に学び法楽寺を継ぎ,顕密禅を兼習す。師の命もあって長楽寺を真宗正法律の中心とし,その高弟親澄,覚賢を育成する。その学は密教・戒律・唯識・禅にまたがり,梵学にすすみ,悉曇の学の復興に努めた。やがて梵学の成果を『梵学律梁』14巻に独力をもってまとめあげ,のち貴紳らの請をうけて十善戒を説いた。のち河内の高貴寺に移り,官に請うて十方僧刹を定め正法律の本山となす。その識見は優れ,一宗に拘泥せぬスケールの大きさは顕密禅をかねるだけでなく神儒にも通ず。雪舟の筆意を学び,書は梵字の策路を加味する。著書には『方服図儀』,『十善法語』10巻,『神儒偶談』,『南海寄帰伝解纜抄』がある。