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●産油国 さんゆこく

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 石油を産出する国で,1982年現在,ソ連を筆頭にアメリカ合衆国・サウジアラビア・メキシコ・イギリス・中国・イラン・ベネズエラが1億kl以上の産油国である。産油国は著しく偏在しており,西アジアが世界最大の産油地域で,ソ連・アメリカ合衆国・イギリスを除き,主要な産油国は発展途上国に分布している。

【世界の油田開発】1859年,アメリカ合衆国のペンシルベニア州でドレーク(E. Drake)が石油採掘に成功したことが今日の石油産業の幕開けであった。その後,カリフォルニア油田が開発され,1901年,テキサス州で大油田が開発されて石油ブームとなり,オクラホマ州,カンザス州へとひろがった。ヨーロッパではロスチャイルドノーベル兄弟によって1875年,ロシアのバクーン油田が開発された。このほかボルネオ,スマトラではイギリス,オランダによって1880年代から開発され,1904年にはアメリカ資本でメキシコ油田が開発され,イギリス・オランダ資本も加わり,メキシコは1910年から1927年まで,アメリカ合衆国につぐ世界第2の産油国であった。1914年にはベネズエラ(マラカイボ油田)で大油田が発見された。西アジアでは1901年,イラン国王から利権を獲得したイギリスは,1908年マスジジスライマーン油田の採掘に成功した。20世紀初めまでの石油開発は,巨大な資本と高度の技術をもった一部の石油会社が,石油の採掘から精製・販売までを行うことになり,本国と植民地での石油開発競争の結果,今日の国際石油資本(メジャー)の基礎を築いた。米・英・蘭による7大国際石油資本に遅れて,フランスは1927年,イラクのキルクーク油田を発見し,中東の石油開発に進出の足がかりをかためた。1932年にはバハレーン島で石油が発見され,アラビア半島初の試掘であった。このあと1938年サウジアラビアで発見され,第二次世界大戦後は国際石油資本による開発の舞台は中東へと移った。1940年代後半にはクウェートのブルガン油田,サウジアラビアのガワール油田の大油田が開発され,1950年代に入り,アラブ首長国連邦を含むペルシア湾岸地域とリビア,アルジェリアの北アフリカや熱帯アフリカのナイジェリアでも開発され,産油量は飛躍的に増大した。1960年には中国のターチン油田(大慶),1964年にはソ連の西シベルアのチュメニ油田,1968年アラスカ油田,1969年北海油田と中東以外の地域にも大油田が開発され,メキシコでも1976年以後大規模な新油田地帯の発見が続いた。

【産油国の石油戦略】西アジア,北アフリカの大油田の開発で,石油は供給過剰現象がおこり,国際石油資本は,1959年に公示価格を1バーレル当たり18セント,翌年には10セントを引き下げた。産油国は石油の利権料と所得税の収入減に対する危機感から利益の防衛手段として,1960年9月,サウジアラビア・イラン・イラク・クウェート・リビアの3カ国が石油輸出国機構(OPEC)を結成した。1967年の第3次中東戦争後,アラブ産油国(サウジアラビア・クウェート・リビアの3カ国)が石油を武器として,その活動を政治的に行使する目的でアラブ石油輸出国機構(OAPEC)を,1968年1月に結成した。1970年代に入って石油輸出機構は国際石油資本に対して,原油価格・利益配分の協定,資本参加,さらに国有化へと攻勢をかけ,1973年10月の第4次中東戦争に前後して,石油輸出国機構原油価格の大幅値上げを,アラブ石油輸出国機構は生産削減を行ったため世界は第1次石油危機を迎えた。以後,原油高騰時代に入り,産油国は石油収入を増大させていった。1979年にはイラン革命が勃発し,イラン原油生産の激減から石油需給はひっ迫し,原油価格は20ドル台から30ドル台にはね上がり,第2次石油危機を迎えた。産油国は石油の直接販売の拡大や精製部門への進出が進んだ。しかし先進国は経済の引き締め政策や代替エネルギー・省エネルギー政策を実施してきたため,消費量は頭打ちとなり,ついに1983年には原油価格の値下げという逆石油危機の事態をもたらした。

【産油国の現状】ソ連は1950年代までは,バクーを中心としたカスピ海沿岸からウラル山脈西のウラル油田ボルガ油田へと移った。1970年代に入るとオビ川流域の西シベリア地域のチュメニ油田が国内最大の生産量を占め,1974年にアメリカ合衆国を抜き世界1位となった。1964年には経済相互援助会議(COMECON)の経済協力事業の一環としてドルジバ石油パイプライン(友好)がクイビシェフより東ヨーロッパ諸国へ輸出を開始し,1978年にはソユーズガスパイプライン(同盟)の完成で東ヨーロッパへ輸出されている。また,1970年代後半から西ドイツ,フランス,イタリア,オーストリアなどの西ヨーロッパ諸国へ原油・ガスの輸出によって外貨の獲得と技術協力を行っている。アメリカ合衆国は1970年の5億5,000万klをピークに原油産出量は漸減し,消費量は1976年以降10億klを超え,自給率は低下傾向にある。世界最大の消費国であると同時に,1976年からは日本を抜いて世界最大の原油輸入国となっている。しかし天然ガスの生産は他国を圧倒しており,エネルギー需要増に大きく貢献している。石油輸出国機構加盟国は,2極分解をひきおこしてきている。サウジアラビア,クウェート,アラブ首長国連邦,カタール,リビアの5カ国は人口が少なく経済開発の基盤が弱く,石油収入が蓄積され,経常収支黒字基調資本余剰石油輸出国となり,ロー=アブソーバー諸国(低吸収)と呼ばれている。これらの国は石油埋蔵量が多く,他の産油国から石油の生産水準を低めるよう,また,消費国からは石油収入を還流させるよう要求されている。一方,他の8カ国の石油輸出国機構加盟国は石油収入に比べて経済開発計画の規模が大きく,人口も多く,増産の余地が十分になく,石油収入をとり崩してきており,資本不足石油輸出国となり,ハイ=アブソーバー諸国(高吸収)と呼ばれている。とくに,逆石油危機後は,ロー=アブソーバー国も財政赤字になり,石油輸出国機構諸国の団結と世界の支配力は弱くなってきている。