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●三万衛 さんまんえい

アジア 中華人民共和国 AD 

 明代,遼東都指揮使司のもとに設置された衛。火児阿(フルハ)部出身と推定される莽哥不花(モンゴ=ブハ)配下の楊哈刺が,1386年(洪武19)に明の招撫に応じ,京へ赴き,明朝より三万衛百戸の職を与えられた。そののち,明朝は故元の投降者である侯史家奴を三万衛指揮僉事に任じ,楊哈刺とともに歩騎2,000を率いて三姓(黒竜江省依蘭県)方面に三万衛の衛門を設置させようとした。これは,明朝が満州北部をも撫鎮しようとした現れである。しかし軍粮輸送が不可能なため,三姓のような奥地に衛を維持することが困難となり,1388年には三万衛を開原に移した。以来,開原が明の東北経営の拠点となる。左軍都督府下の遼東都指揮使司に属し,明代の軍制である衛所制に組み込まれた正規軍でありながら,将兵員のなかに,多数の帰附女直を含むのが,三万衛の特徴である。なお,三万衛の名称は,三姓方面に元代において五万戸府が置かれ,元末の騒乱で二万戸府が滅び,火児阿・斡朶里・托温の三万戸となったことに由来する。