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●三浦の乱 さんぽのらん

アジア 日本 AD1510 室町時代

 1510年(中宗5・永正7)三浦(釜山浦・薺捕・塩浦)でおこった倭人居留民の暴動事件。三浦開港(1426)以来,倭人の三浦での貿易と居住が許され,来徃居住倭人数が急増した。1450年(世宗末年)には2,000人近くにも増加した。しだいに驕慢になった倭人たちは朝廷の命令を順守しないこともあり,現地の官吏も彼らを圧迫するようになり,ときとして衝突がおこった。中宗が即位すると,倭人に対する統制を強化し,1510年には対馬島主に居留倭人の撤去を要求し,倭船に対する監視を厳重にしたので,倭人の不平が増大した。かくして,三浦の倭人は対馬島倭人の来援を得て,4万5,000人の兵力をもって暴動をおこし,一時は薺浦・釜山浦を陥落し,熊川防衛軍を撃破したが,やがて朝鮮軍の反撃を受けて大敗,三浦居留倭人も追放された。この乱によって日朝間の交通はいったん中断された。

〔参考文献〕中村栄孝『日鮮関係史の研究』上,1965,吉川弘文館