●三別抄 さんべつしょう
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高麗崔氏執権時代の軍隊。別抄は勇士で組織された選抜軍という意味であり,初めは盗賊を防ぐために設置した夜別抄から始められたものであるが,夜別抄に所属した軍隊の数が増加したので,二つに分けて左別抄・右別抄と呼ぶようになり,蒙古と戦っていた当時捕虜になったが逃亡して帰還した者で神義軍を組織し,左・右別抄,神義軍を三別抄としたのである。性格においては警察・軍事などの公的任務を帯びたものであるが,国家が設置したものではなくて崔氏が設置したものであるから,たとえ任務は公的なものであるとしても,実際においては崔氏の私兵であった。この三別抄は都房とあわせて崔氏政権の軍事的支柱であったが,武人政権の没落とともに解体された。〔参考文献〕池内宏「高麗の三別抄について」史学雑誌37−9,1926