●サン=フェリペ事件 サン=フェリペじけん
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マニラからメキシコにむかっていたスペイン船サン=フェリペ号は暴風雨にあい,1596年(慶長1)10月,土佐の浦戸に漂着した。司令官ランデーチョは乗組員の保護や船体修繕の許可などを得るため使者を大坂の豊臣秀吉のもとへ派遣したが,秀吉は増田長盛に積荷の没収を命じた。このとき同船の航海士が長盛にスペインは全世界に広大な植民地をもち,その領土獲得のために宣教師が先駆的役割を果たしているという意味の失言をしたことが,一南蛮船の漂着というにとどまらず,いわゆる日本26聖人の殉教事件へと発展した。かねてから秀吉はキリシタンの勢力拡大と宣教師の行動に危惧の念を抱いており,すでに1587年(天正15)には伴天連追放令を出していたが,この事件のあと,フランシスコ会の宣教師や日本人キリシタンら26人を捕え,1597年(慶長2)2月5日,長崎の西坂で処刑した。〔参考文献〕ラウレス「サン・フェリーペ号水先案内の一言」カトリック思想1,1946