●山東出兵 さんとうしゅっぺい
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田中義一内閣が中国革命に干渉し,日本の権益および在留日本人の保護を名目に3度にわたって中国山東省へ出兵した事件。日本による満州・華北への侵略および中国民衆の排日運動の契機となる。〔第1次〕1927年(昭和2)5月,徐州にせまる国民政府軍の北上を阻止するため,山東とくに済南の“在留邦人の生命財産保護”を理由に南満州から陸軍2,000名を青島(チンタオ)に派兵,のちに済南に進出させる。中国の南京政府は撤兵を要求し,おりから武漢政府内で中共との分離が決定,中共軍の武装蜂起のため国民政府は北上をゆるめた。このため日本もまた内外の反対を受け8月末撤兵を声明。〔第2次〕武漢政府の南京政府への合流後,北伐が再開されると熊本の第6師団をも動員して再び出兵し済南で国民政府軍と衝突。〔第3次〕日中両軍の市街戦のさい,数多くの在留日本人が殺されたとして1928年(昭和3)5月,増援軍を派遣して済南を占領した。
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