●三帝同盟 さんていどうめい
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1873 ドイツ帝国
1873年10月,ドイツのヴィルヘルム1世・オーストリアのフランツ=ヨーゼフ1世・ロシアのアレクサンドル2世のあいだで結ばれた同盟。それぞれの国が孤立化するのを防ぎ,フランスの復讐をおそれたビスマルク外交路線に添って,1872年9月6日から,3皇帝がベルリンで会談したのを機に話が進み,1873年5月の独露軍事協約,6月のオーストリア-ロシアシェーンブルン協約と進み,ドイツがシェーンブルン協約に加盟する形で成立した。バルカンの平和・領土の現状維持・革命の抑止・第3国の攻撃に対する共同処置を決め,防御的性格が強かった。その後,バルカンでのロシアとオーストリアの対立があり,1878年のベルリン会議での,ロシアのドイツに対する不信が強まり,事実上崩壊した。ビスマルクは条約網による保障外交を展開するためロシアに接近し,オーストリア−ロシア間も調整して,1881年6月18日,三帝協商を復活させた。締約国が第三国と交戦したときの好意的中立を約し,議定書で,バルカンにおけるオーストリアとロシアの勢力設定,ボスフォラス=ダーダネルス海峡におけるロシアの優先を認めた。しかし,1885年からのブルガリア問題でオーストリアとロシアが不和になり,オーストリアが更新を拒否して,1887年に消滅した。ビスマルクはこのため,ロシアと再保障条約を結んだ。