●三条実美 さんじょうさねとみ
アジア 日本 AD1837 江戸時代
1837〜91(天保8〜明治24)幕末・明治前期の公卿・政治家。三条実万の四男。母は土佐藩主山内豊策の三女。父は安政の大獄に連座し,失意のうちに死す。その志をついで尊攘派公卿・権中納言・参議として活動。1863年(文久3)朝廷の国事掛に就任。8・18政変で七卿都落ちして長州へ逃れ,その後第1次征長のときは大宰府へ追放され,3年幽居ののち,1868年(明治1)王政復古とともに方位を復し,上洛,ついで議定,副総裁兼外国事務総督・関東監府使。1869年右大臣,永世禄5,000石を賜わり,1871年廃藩置県後には太政大臣兼神祇伯・宣教長官。1878年賞勲局総裁兼任,明治国家創立期の中心人物の一人で,1884年華族令制定と同時に公爵,内閣制設立と同時に内大臣となり,1889年条約改正時に一時内大臣兼内閣総理大臣となっている。以上の経過が示すように,明治時代の元勲の一人。国葬となる。
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