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●三司 さんし

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,五代から北宋前半期にかけての国家財政の最高機関。行政を担当する中書や軍政を担当する枢密院と並んで国政の中心であった。

【起源】唐の中期以後,戸部の一部局,戸部曹と律令制外の官である塩鉄使・度支使が三司と称され国家財政を総括した。930年(後唐長興1)には3者の上に長官三司使が置かれ制度が整った。

【機構】宋では長官の三司使,次官の副使が置かれ,その下には塩鉄・度支・戸部の三部局があり,それぞれに塩鉄副使などの三部副使が置かれた。塩鉄はおもに専売を,度支は穀物の首都への輸送や財物の出納を,戸部は租税や土木を管掌した。ほかに会計検査にあたる勾院などもあった。

【終焉】とくに宋における三司は,財政を最重要視する王朝の中核的存在であったが,王安石の新法が司豊寺を中心に行われるに伴い地位が低下し,元豊官制改革によって廃止され,戸部に吸収された。

〔参考文献〕周藤吉之「北宋における三司の興廃」『宋代史研究』東洋文庫,1969,平凡社