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●産業資本 さんぎょうしほん

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 賃金労働者を使って商品の生産を行う資本のこと。マルクス経済学の解釈でいえば,商業資本や利子生み資本に対して,この形態の資本だけが本当の意味の「価値」を生み出すことができる。このような形態の資本は,その性格上,運転資本に対する固定資本の比率がはるかに高い構成になっている点が特徴である。歴史的には,産業資本は産業革命によって「商業資本」を凌駕して優勢となり,「産業資本主義時代」が実現される。19世紀中ごろのイギリスはその典型である。しかし,自由競争原理を前提とした産業資本主義は,まさしくその“競争”の不可避の結果として独占を成立させる。独占化した産業資本が少数の大銀行資本と融合してしまうと,いわゆる「金融資本」が成立し,本来の「産業資本主義」の時代は終わりを告げる。自由競争原理を前提とした「産業資本主義時代」は,この資本の内部で固定資本−−機械・設備など−−の比率が高くなっていたこともあって,周期的な過剰生産恐慌(循環性恐慌)が時代の特徴ともなった。産業資本主義の成立過程については,いくつかの基本的見解が提唱され,相互に激しく対立した経緯がある。一つの考え方は,中世末以来商人が蓄積した資本が,問屋制前貸制度や(商人が経営する)マニュファクチュアなどの形態をとって,しだいに産業資本に転化していったとするものである。第2の考え方では,そうした商人の活動に対抗して,より「下から」独立自営の小商品生産者が台頭するが,やがてこの人々のあいだに貧富の差が拡大し,階層全体が両極分解をおこす。少数派となった富者は没落した多数の貧民を賃金労働者として雇用し,やがて発展してマニュファクチュアの形態をさえとるようになる。産業資本成立の基本的な筋道はこちらであるという。商人−−領主や君主と結びついていることも多い−−を主体とする「上から」の資本主義化の道に対して,この「下から」の(自生的な)道が主流となったのがイギリスやフランスであり,こうした国では,資本主義が典型的なかたちで発展を遂げた,とされる。以上のような資本主義の発達に関する「二つの道」をめぐる論争には,いまだに決着がついているとはいえないが,いずれにせよ,生産の形態が「マニュファクチュア」の段階にとどまっている限り,産業資本の拡大には決定的な限界があった。そもそも,マニュファクチュアはごく一部の製造業の,さらにごく一部の過程で成立したにすぎない。したがって,上記「二つの道」のいずれが優越したにせよ,産業資本が商業資本その他を圧倒して,社会的にも政治的にも確固とした支配勢力となるのは,産業革命期においてである。産業革命における画期的な技術革新と工場制度の展開によって初めて,産業資本の成長に対する当面の制約が取り払われたのである。ところで,産業資本とは「自由な賃金労働」を使って生産を行う資本のことだといっても,それが成長し,展開していく過程では,そうした古典的な生産様式論にはまったく適合しない生産活動に多くのものを負った。イギリス綿工業の発展に合衆国南部の奴隷制プランテーションや「自由な賃金労働」などみられないインドやエジプトで生産された綿花が大量に用いられたのは,その好例である。したがって,産業資本の成立過程は,他方では世界史的な視野で考察しなければならず,いわゆる「先進国」内における「二つの道」の問題にばかりとらわれてはならない。

〔参考文献〕ドッブ,京大近代史研究会訳『資本主義発展の研究』I・II,1954,55,岩波書店

スウィージー他,大阪経済法科大学経済研究所訳『封建制から資本主義への移行』1982,拓植書房

フランク,吾妻健二訳『従属的蓄積と低開発』1980,岩波書店