●三韓 さんかん
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古代朝鮮半島の南半部(漢江以南)の3地域に割拠した韓族の総称。これを記録する中国最古の文献は『三国志』魏志の東夷伝の韓の条であるが,3世紀前半の韓族は馬韓・弁韓・辰韓に3分されて記されている。半島の西南部(忠清・全羅の諸道)の地域を占めていたのが馬韓であり54の小国からなっていた。大きな国でも戸数は1万余戸,小さいものは数千戸であった。4世紀半ばになるとこのなかの一国,伯済国を中心として政治的統一がなされ百済国が成立する。また東南部(洛東江以東の慶尚道)には辰韓があり,12の小国よりなっていた。その一国,慶州盆地にあった斯廬国を中心にして,4世紀半ばに新羅国が成立する。弁韓というのはだいたい洛東江本・支流域にあった小国家群で,のちに加羅(伽耶)諸国が分立する地域となる。これらの地域ではすでに農耕が行われ,植付け・収穫の際は独自の予祝・豊作の儀礼が実施されていた。また砂鉄の産出があり,その取引きにワイ※注1※や倭がこの地に来ていた。
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