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●山岳派 さんがくは

ヨーロッパ フランス共和国 AD 

 フランス革命期,国民公会でジロンド派と対立した左翼の党派。高所に議席を占めたことからこの名がつく。ブルジョワジーの党派であるがその内部にロベスピエールなどの小ブルジョワ的要素を包含。勢力数は定かでないが目安としては,[1]ルイ16世の裁判で死刑に投票,[2]マラー告発に反対,[3]派遣議員として地方の革命政治を確立したことを勘案すると,判定可能な749議席中,160〜200とみられる。パリとその周辺・東部の諸県からやや多く選出されたが,パリ出身議員を中心としてジャコバン協会に加盟。1793年春,ジロンド派政権の戦争遂行能力を批判するが,土地均分法や食糧暴動に対しては財産権を擁護。マラー告発を機にサン=キュロットとの結合を強め6月2日,ジロンド派を国民公会から追放。領主権の無償廃棄を果たし,ジャコバン憲法を成立させたが,その施行は延期した。7月27日,公安委員会にロベスピエールを,9月5日にはビョー=ヴァレンヌなどを加え恐怖政治を始めた。戦況の好転後,派内に亀裂を生じ1794年4月6日,恐怖政治の緩和を求めるダントン派を処刑。ロベスピエール派の独裁に対する不安が募り,7月28日反対勢力が結束して同派を倒した。その後,山岳派の力は弱まり,1795年の3月と5月にジャコバン憲法の復活を要求して民衆蜂起に加担。またアマールなど旧議員が「バブーフの陰謀」に加わったがいずれも失敗した。二月革命期,ルドリュ=ロランなどの小ブルジョワ共和派は山岳派を名乗り秩序党(王党派連合)と対立した。