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●沢柳政太郎 さわやなぎまさたろう

アジア 日本 AD1865 江戸時代

 1865〜1927(慶応元〜昭和2)明治後期から大正期に活躍した教育行政家・教育家。長野県松本市出身。1888年帝国大学文科大学卒業。文部省に入ったのち,大谷尋常中学校長・群馬県立尋常中学校長となり名校長といわれる。さらに第二高等学校・第一高等学校の校長を務め,1898年文部省普通学務局長,1906年文部次官となり義務教育年限延長・高等教育の拡充に貢献。1911年東北帝国大学初代総長に就任,女子学生入学を認めるなど新鮮な学風を育てた。1913年京都帝国大学総長となり学内刷新をはかるが教授罷免をめぐり法科の教官と対立し辞職,以後民間で活動。1914年帝国教育会会長。教育改革・教員資質向上のために積極的に発言。1917年成城小学校を創設し,個性尊重の教育の実践と研究を指導,大正新教育運動の中心的存在となる。著作も多いがとくに『実際的教育学』(1909)は観念的な教育学を批判,教育の科学的研究の必要を力説し注目された。『沢柳政太郎全集』がある。