●サルゴン2世 サルゴンにせい
AD722
在位前722〜前705 アッシリア王。アッシリア帝国の基礎を築いたティグラトピレセル3世(在位前745〜前727)の息子シャルマナサル5世(在位前727〜前722)を陰謀で倒し即位したのが将軍サルゴン。彼は新王朝の創始者となった。即位直後サマリアを占領,イスラエル王国を滅ぼし,市民2万7,000人以上をオリエント各地に,代わりにバビロニア人・シリア人などをサマリアに移住させた。彼はシリアの反乱とそれを援助したエジプトを打ち破り,アラビア人からも朝貢させた。北方ではウラルトゥを破り,南方ではアッシリアに反しエラム人と結んでバビロニア王を称していたカルデアのマルドゥクアパルイッディン(メロダクバラダン)を逐い,バビロニア人に迎えられた。彼はバビロニア諸都市の特権を認めバビロニア総督として統治した。彼は即位第9年目より約6年かけてサルゴン城(ドゥル=シャルーキン,現コルサバード)を築造。前707年この新首都に居所を移した。このサルゴン城は一周約1,700mの二重城壁で囲まれた城塞で,19世紀中期より発掘がつづけられその全貌が明らかになった。サルゴン王は晩年も各地の反乱を鎮定し,前705年辺境への遠征中に陣没した。
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