●更級日記 さらしなにっき
アジア 日本 AD
菅原孝標の娘の著作。日記の年時は1020〜59年(寛仁4〜康平2)にいたるものだが,康平2年後まもないころの回想記。父の任地の上総から上京のとき,作者は13歳。物語,とくに『源氏物語』に読みふけっていた彼女が,のちに生涯を追憶し書き記したもの。1027年(万寿4)より1031年(長元4)までの5年間の記述がない。1032年(長元5),父は任国,常陸に下り,彼女は太秦に詣で父の無事帰京を祈っている。1039年(長暦3)中宮ゲン※注1※子の崩後,祐子内親王に宮仕した。1044年(寛徳1)ごろ,橘俊通と結婚。仲俊が生まれたが,1058年(康平1)任国の信濃から帰京し,俊通は病のために死去した。また,この間,上層貴族の宇多源氏の源済政の子,源資通との3年にわたる交渉がみられる。心は通いつつ完成できなかった恋の物語として,やるせない気分に満ちている。東海道上京の紀行文に始まり,夢見がちの作者が後生の楽しみを願う心に落着く。阿弥陀仏の来迎を夢で経験するが,この夢の意義が重要である。そして新たなよみがえりの経験を得る。ここに文学としての意味が深い。錯簡が7カ所あったが,定家自筆御物本の調査(1924,佐々木信綱・玉井幸助)の結果正しい形態が復元された。
![]()