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●ザメンホフ

ヨーロッパ ポーランド共和国 AD1859 ロシアによる支配

 1859〜1917 エスペラント語創造のポーランド,ビヤリストク村生まれのユダヤ人。眼科医。当時のポーランドは,ポーランド人・ロシア人・ユダヤ人・ドイツ人の4民族が雑居しており,言語不通が原因の対立傷害事件が絶えなかった。幼時から少数者としての迫害と悲惨さを経験して育ったザメンホフは,諸民族に共通の言語を創造することで問題の克服を願う。試案作成は19歳のとき,その後工夫と改良を重ねて一応の完成をみたのが1887年28歳のときであった。それは西欧世界に広く普及しているインド=ヨーロッパ語法を基礎とし,どの国の言語でもないが,しごく簡便な文法と造語法をもつ新語で,これをエスペラント(希望者)と命名した。この語により人類愛の増進と言語における大国主義への抵抗を望んだ。新語は隠語をもつまでに成長した。人類人主義を唱道。人類の1員との自覚をもち,協心共働しようと主張した国際的知識人といえよう。