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●サーマーン朝 サーマーンちょう

AD875 

 875〜999年 中央アジア南部と東イランを支配したイスラーム王朝。イラン系土着領主サーマーン=フダーの子孫が9世紀にアッバース朝東部諸地方の支配権を認められたことに始まる。イスラーム化したイラン人領主層をおもな支持基盤とし,中央アジア北部から南下しようとするトルコ系遊牧民との戦争に終始,一方,トルコ人奴隷の通過貿易で得られる収入は莫大であった。同朝の主都ボハラはペルシア文学興隆の中心地となり,韻文ではペルシア詩人の父と讃えられるルーダキーが活躍,散文ではバルアミーがタバリー年代記,コーラン注釈書をアラビア語からペルシア語に訳した。フィルダウスィーの英雄叙事詩『王の書』の原型もこの時代に完成された。同時期西イランにおこったブーヤ朝がシーア派を採用して宗教面で現代イラン思潮の根底にあるものを形成したのに対し,スンナ派の同朝にあっては民族文学の原型が誕生した。医学者イブン=シーナーもこの時代の人である。

〔参考文献〕服部直人「サーマーン朝家系上の諸問題」オリエント18−1,1975