●砂漠 さばく
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砂漠とは、一般的には、年内の降水量が100mm以下の地域をさすが、なんらかの気候的な条件(たとえば、乾燥度が強い、または寒冷度が強い)で、人口密度がきわめて少ない地域をいう。具体的な例としては、南極のような寒冷地、サハラのような暑熱地、また、モンゴルのような比較的温暖な土地もある。
また砂漠は、地理学的な用語ばかりでなく、人間のいない状況の比喩や、不毛・荒廃という語感で、いろいろな表現に使われることがある。たとえば「東京砂漠」は、荒涼として都市の雰囲気をさす表現として使われているが、フランスではde’sertとは、むしろ田舎をさすことばであるのは、文化的な不毛を意識しているといわれる。
地理学的な意味での砂漠の定義は、さまざまな考え方があるが、共通していることは、「砂漠」という文字が示すように水が少ない、または、ないという乾燥地域をさす総称として使われているといってよい。ユネスコなどでは、乾燥地域をその乾燥度について、いくつかの段階に分けているが、概ね地表面積の33〜36%が乾燥地域にあたるとしている。
【砂漠の自然環境の特性】[1]気候的特性 砂漠の特性は、降水量の少ないことであり、大部分の砂漠地帯は200mm以下の年内降水量しかないが、ゴビ砂漠は概ね100mm以下であり、サハラ砂漠は、その大部分の土地では200mmぐらいしかない。記録として最少の降水量は、チリ北部(アタカマ砂漠)のアリカ周辺で、半世紀のあいだにわずか0.8mmという例もある。ただし、砂漠の雨を考えるとき気をつけなければならないことは、この平均はきわめて不規則ということであって、たとえばサハラのある地方で20mmといっても、年平均20mmを必ずしも意味せず、何年かは雨が降らず、ある年は数10mm降るということもある。
次に気温からみると、砂漠はきわめて日較差が多い。たとえばサハラ砂漠では、日中の気温が50℃近くなるのに、夜間には0℃ぐらいに下がることも珍しくない。また中央アジアの砂漠地帯(たとえばタクラマカン砂漠など)では、冬の寒冷期に夏の酷暑期がみられ、それぞれ厳しい気候条件を示している。また砂漠地帯は、一般に風の影響が少ない。とくに季節的な砂風は、ときには人間生活にもさまざまな影響をもたらす。たとえばサハラ砂漠から周辺に吹き出す砂風は、サハラ南部ではハルマッタン、地中海方面ではシロッコ、またアラビアやエジプトではハムシンと呼ばれているが、春から夏にかけて細かい砂塵を含んで、この砂風が吹くと飛行場の滑走路が使用不能になったり、家屋に細砂が忍び込んだりする。砂漠の内部では、この砂風は人々を道に迷わせ、遭難の原因をつくる。1930年代の後半に、米国の南西部で発生した砂風は、“Dust Bowl”と呼ばれ、広大な地域の経済活動を長期にわたって停滞させた事例の一つである。
[2]地形的な特性 砂漠では植被(植生)が少ないので、水や風などによる機械的な侵食か、独特の地形をつくっている。たとえば、砂丘の形成など、砂漠について誰でも思い浮かべる事例である。砂漠の地形というと、砂丘に代表される“砂”砂漠が一般のイメージとして強いが、現実には、地表に砂丘のある砂漠地帯よりも、岩石砂漠と呼ぶべき岩盤の露出した地形や、小さな礫を敷き詰めたような礫砂漠の方が圧倒的に多い。また、蒸発量が多いためにアルカリ性の土壌が多く、場所によっては地表が塩で覆われたり、湖の場合は、塩湖になることが多い。後者の例としては死海が最も有名であるが、サハラにもタクラマカンにも、このような塩湖は少なくない。
さらに砂漠地帯で特徴的な地形に、ちようど大海のなかの島のように、広大な岩石砂漠地帯に、巨大なストゥーパのような岩島ができたり、ペディメントといって急傾斜の崖鍾ができたりする。湿潤地帯と異なり、植被がきわめて少ないため侵食の度合が激しく、地形そのものの観察には最適の場所の一つである。
[3]砂漠の植生の特徴 砂漠で生き延びるために、植物は生理学的にも形質学的にも、さまざまな工夫を凝らしている。たとえば一般的にいって、乾燥を避けなければならないのは1年性の草木類が多い。その場合、1年の大部分は、種子の状態にとどまっていて、雨が降ると発芽し生長する。また、水分の多い植物の類は、特別の形質的な構造をもっていたり(サボテン類)、長い根を伸ばすことによって、土壌中からの水分や地下水面から水分を補給したりしている。また水の蒸発を防ぐために、ある種の植物は、気孔は夜間にだけひろげることにより、水分の蒸発を防いでいる。また乾燥に耐えるために葉が小さかったり、分厚くなったり、また表皮が臘や樹脂で保護されている場合もある。また、土壌の水分が多い砂漠地帯の植物は、多くの場合耐塩性が強く、厳しい環境に耐えている。
[4]砂漠の動物の特徴 砂漠地帯の動物は、熱帯や温帯に比べると、第1に種類も多くなく絶対数も少ないが、植物と同様に特殊な環境へのさまざまな適応がみられる。たとえばラクダを考えてみると、まず発汗を防ぐために特殊な形態学的特徴をもった皮膚をもち、新陳代謝する水をコブの形で依存し、また砂塵を防ぐためにまぶたが大きいなど、さまざまな工夫がみられる。サソリや蛇などや昆虫の一部には、日陰や夜間に活動する習慣になっているものも、砂漠への適応の一つである。一方、植物の場合の種子と同様、乾季には卵の形で生存し、雨季になって水がくると生長する蛙の卵もある。また、動物と植物とのあいだには砂漠の厳しい条件下で、お互いを守る工夫がある。たとえば草本類で棘のあるものは、動物に食べられないための自衛本能であるが、ラクダなどの大動物には役に立たない。大動物(ラクダや羊)のフンに寄生するタマコロガシのような昆虫の存在や、乾燥したこれらのフンを燃料に使う人間の存在も、砂漠の広義の生態学の特徴といえよう。
[5]砂漠に住む人間の生活様式 砂漠は一般的には、人間の居住には適しない場所と考えられがちであるが、実際には、オアシスなど水のあるところに定住した集落が発達しており、それを取り囲むようにして砂漠で家畜とともに生活する遊牧民がいる。このような定住民と遊牧民との関係は、たとえば14世紀のアラブの歴史家イブン=ハルドゥーンもすでに述べており、中国の史書にも泉地または緑州と呼ばれるオアシスの集落は、しばしば出てくる。砂漠は一方では、広大な海に例えられる。オアシスとオアシスを結ぶ交通路は、島と島とを結ぶ航路にも例えられよう。中国西北部の天山北道や天山南道のような昔の絹の道や、サハラを縦断・横断する岩塩輸送の道などは、古来、ラクダを輸送手段として発達してきた道であるが、現在は、それらの道が舗装され、ラクダがしだいにトラツクに代わるようになりつつある。オアシスは、単に農業の中心地であるばかりでなく多くの場合、市場をもち市場の中心になる。その交易の範囲は、常識で考えられるよりずっと広大で、マホメットがメッカの商人であったことは、アラビア半島の波及的な環境下における商業のあり方、それに付随する宗教について多くのことを示唆しているといえよう。
古来からの砂漠の古い様式である遊牧生活は、現在ではしだいに減少しつつある。国によっては、遊牧民を定着化させる政策をとっていることもあり、また一部のアラビア産油国などの遊牧民は、手っ取り早い収入を得る道は、定着して農業を営むことを飛び越えて、油田地帯で働いたり、都市に出て自動車の運転手になったりする傾向がある。もちろん、アフガニスタンの内陸部やサハラ南部のサヘル周辺では、現在でも家畜と共生する遊牧形態が残っており、近年は旱ばつなどのため家畜が減り、大きな社会問題となっている。 第2の生活様式である定住したオアシスにもさまざまな問題がある。砂漠農業は雨が少ないために、どうしても灌漑しなければ作物ができないので、水源の確保あるいは用水の維持が大きな問題である。たとえば、エジプトのナイル川の西部には、現在ではカルガなど五つの大きなオアシスがあり、定住人口が全体でも10万人を割るぐらいしかいない。ところが、空中写真を使ってオアシスを数えると2,000くらいの泉地を発見できる。現場でよく調べてみると、井戸材が木製のため、浅い地下水が枯れてしまうとそれ以下の流水層に掘り込めず、結局水を得られなくて退避してしまったようである。
もう一つの例としては、メソポタミア南部の古いオアシスの歴史がある。
これも空中写真で調べると、小高い「テペ」と呼ばれる住居地が多い。それをめぐって縦横に灌漑網が張り巡らされているが、排水が悪いためにあちこちで塩が析出して、テペの周辺での農業が不可能になった様子がよくわかる。このように農業集落の場合、水や土壤の基本的条件が変化を来たすと、人間の居住は不可能になる。
現在では、テクノロジーの進歩でサハラ砂漠の一部では、500〜1,000mくらいの深層地下水を汲み上げることもでき、また、巨大なスプリンクラーを配置して絶えず灌水して作物をつくる試みもなされているが、それらは、かなり特殊な農業といえよう。ソビエト領中央アジアでは、他地域のような地下水の開発利用でなく、シルダリアとアムダリアの河水を完成すれば、1,000km近いカラコルム運河をつくって、カラコルム砂漠の南縁砂漠の緑化を行っている。この場合、水量については地下水のように涸渇する心配がないが、砂地のほとんど素掘りの運河なので、その維持管理に大きな集団の力が必要であって、社会主義国でなければ不可能なプロジェクトであろう。
第3の砂漠の人間による利用としては、鉱業開発があげられる。古くからある岩塩層や塩湖を利用した塩の採取もその一つであり、サハラ南部では現在でも重要であるが、やはりその中心は、石油や天然ガスのような炭水化物の開発であろう。この場合、膨大な先行投資を行っても十分に引き合うので、砂漠のなかに冷房装置を付け、超短渡によるコミュニケーションの手段なども兼ね備えたまったく新しい形の集落が現出する。たとえば、アルジェリア=サハラの油田地帯の場合でも、4週間の勤務の後には、1週間の休暇を与えるなどの労働条件でないと、砂漠の酷暑の条件下では、労働を快適につづけることができない。鉱業集落としては石油ばかりでなく、ウランやダイヤモンドなども砂漠地帯の一部にみられるが、条件はほとんど同じである。
[6]世界の砂漠地帯の概観とその特色 それでは、世界の主要な砂漠地帯を概観してその特色を考えてみよう。
(イ)アジア アジアにはゴビ・タクラマカン・トルキスタン・イラン砂漠など一般になじみの薄い場所が多いが、アラビア半島の乾燥地帯には、紅海の沿岸(シナイ半島の周辺やイエメンの周辺)と、東南部のルビ=アル=ハリという二つの極乾燥地帯がある。
また、インドの西北部のラジャスタン地方にはタール砂漠もあり、乾燥地域の面積は大きい。このうちルブ=アル=ハリは、乾燥度からいうとサハラ砂漠と同じくらいの厳しい条件で、ほとんど無人の荒地になっている。中国のゴビおよびタクラマカンは、中華人民共和国の成立以後、航空路の開設や工業基地の設定など、従来の砂漠地帯とはいささか異なる開発がすすんでいる。トルキスタン砂漠は、将来の課題としてシベリアの河川を南流させて、砂漠地帯の水源を確保する計画が真剣に練られている。イラン砂漠は、その内陸部(特に南部)は、サハラと同様に乾燥度が高く、ザグロス・エルブルズ山脈寄りの耕地帯と対照的である。メソポタミアからアラビア半島にかけての砂漠地帯は、ティグリス・ユーフラテス両大河の流域を除くと、農業地帯はきわめて乏しく、現状では、炭水化物の開発に伴う砂漠地帯の利用が中心になっているといえよう。
小規模ながら砂漠の開発利用に成功している例としては、イスラエル南部のネゲブ砂漠があるが、これは北部のガリラヤ湖からの用水を利用し、さまざまな工夫による少ない水の有効利用を行っているからである。
(ロ)アフリカ サハラについては、現在の問題点はその中心部では、伝統的なオアシス農業の衰退であり、その周縁部は砂漠化の問題がある。オアシス農業の衰退は、一つには、オアシスの若い世代が油田地帯や都市に流入するためで、その傾向を留めることは難しい。いわゆる砂漠とは、サハラ南部の西アフリカ以南からエチオピア・スーダンあたりにかけて、この10数年来の問題になっている。その原因は、単に気象的な異変というばかりでなく、第二次世界大戦後、サヘルと呼ばれる周辺地区の人口が増加し、それに伴う家畜の過放牧や、燃料用の木材の過放牧などが相乗効果で、荒地化をすすめていることにもある。
また、カラハリ砂漠の西にあるナミブ砂漠のように、鉱業生産(ダイヤモンド)以外にほとんど開発の手の及んでいない地帯や、マダガスカル西南部にも乾燥地帯があることが見落とされやすい。サハラ砂漠で最も人工的な開発が進歩しているのはリビアで、最も遅れているのはモーリタニアなどである。
(ハ)北アフリカ 同じ自然条件であっても、北アメリカのように先進工業国にある砂漠地帯は、その存在意義が異なる。土地が広大であるだけに、もしも砂漠化の現象などがみられれば、その土地は利用しなくてもよい余裕がある。米国南西部のソノラ砂漠からメキシコ北部のチワワ砂漠などが典型的な砂漠地帯であるが、大規模な家畜経営や砂漠の乾燥気候を利用した航空機や映画産業または、リクリエーション施設や遊園地など多角的な利用がみられる。
また、アラビアの砂漠地帯のベドゥインに比される先住民のアメリカ=インディアンの乾燥農業は、見事な環境への適応であったが、現在では史実として残り、近代農業への順応が行われている。
(ニ)南アメリカ この地域の特色は、西海岸のペルー砂漠からアタカマ砂漠につづく長大な海岸砂漠地帯と、それに連なるアンデスの高位砂漠および南端の寒地なパタゴニア砂漠である。ペルー砂漠は、アンデス山脈からの小河川の流域のオアシス以外は土地利用もほとんどなく、アタカマ砂漠は、ナミブ砂漠に比すべき乾燥度をもつ。ブラジル北東部のノルデステ地方は、アフリカ大陸のサヘル地方とよく比較されるが、近年、乾燥性がひどく深刻な問題となっている。
鉱産資源からみると、アタカマ砂漠の銅鉱床などがあるが、他の大陸の砂漠地帯に比べて、一般的に開発が遅れている。南アメリカの特色は、むしろ高度の高いアンデス山中の寒冷砂漠にあり、アジアでは、チベット高原に比較することができよう。
(ホ)オーストラリア オーストラリアは、面積からいえばむしろ砂漠地帯の方が大きいが、サハラのような極乾燥地帯はない。大陸の地形との関係もあって、乾燥地帯およびその周辺の乾燥地帯が、ほぼくまなくひろがっている。最も乾燥している中央部は、北アメリカのメキシコ沿岸に相似している。
オーストラリアも米国などと同じで、砂漠の条件の悪いところはあえて利用しなくてもよい余裕があり、砂漠は鉱業開発を除けば、むしろ自然公園かレクリエーションの対象である。
(ヘ)人類にとっての砂漠 砂漠は果たして人類の発展を阻む障害なのであろうか。言い換えれば、さまざまな自然的・社会的・経済的条件の障害を克服して砂漠を開発するには、果たして人類の存在にとって意義のあることなのであろうか。
この難しい問題については、各国の対応はさまざまであるが、砂漠を一つの人間を修練する道場と考える思想から“青年よ辺境ヘ!”という呼びかけで、中国やイスラエルなどが砂漠開発に取り組んできたのも事実である。とくに、1977年にケニアの首都ナイロビで開かれた国連の「砂漠化防止会議」では、砂漠化という現実の問題をめぐって、人々に砂漠の重要性を警鐘することになった。砂漠化の原因については、さまざまな議論がなされたが、それでは砂漠化を防ぐために、砂漠に位置する国々が手をとりあって一緒に行動するかというと、現実は必ずしも然りではない。砂漠およびその周辺地の土地を利用するにしても、周辺の調和のとれた生態系を壊さずに行うためには、住民の教育から始まるしっかりした環境の認識が始まらなければならない。残念ながら、砂漠化防止会議のさまざまな提案は、十分には生かされないまま今日にいたっている。
間接的には、人類のもつ大きな宗教のうち、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教は、いずれも砂漠地帯に発した宗教で、自然と人間との超克の思想のなかから、神の観念が生まれでたものともいわれる。このように、瞑想における宗教的な聖地としての砂漠の存在理由は、今日も去らない。また旧約や古代中国の時代から今日にいたるまで、政治犯などの流刑地としての利用や、大型兵器や航空機などの軍事目的の演習場としての価値もいささか変わっておらず、地球以外への衛星への航行については、つねに参照されるのは、砂漠地帯の地形や地質である。
なお、砂漠に分布する生物としては、砂漠動物と砂漠植物に分けることができる。動物は、ラクダ・サソリ・アリ・ムカデなどの乾生動物が棲息している。一方植物は、サボテン(アリゾナ)などがあげられる。 また砂丘農業も行われており、野菜の栽培に適している。一例として鳥取砂丘の開発で、スイカ・メロン・アスパラガスなどが栽培された。
【砂漠化】すでにみてきたように、現在、世界各地で“砂漠化の進行”ということが問題となっている。地球上の陸地面積の3分の1(約47億ha)が乾燥気候帯に分布しているが、乾燥地帯の周辺にひろがる従来のエクメーネ(居住圏)は、ちょっとした気候の変動や、とくに人為的な影響によって容易に耕地の不毛化をきたしてしまう。この現象を砂漠化といい、多かれ少なかれ乾燥気候帯に属す地域を含む世界各地で進行しており、毎年600万haの土地が不毛な砂漠に化してゆくものといわれ、深刻な環境問題に発展している。原因については、近年の異常気象(熱波・旱ばつ・寒冷)のほか、人間の環境へ対する姿勢を説く論者が多い。すなわち、ある地域で人口が増加するとそれだけ気候が変動するうえ、家畜の増加や土地の開発・耕地化によって植生が消滅されてしまい、砂漠化がおこるというのである。としたら、砂漠化を防ぐ手段はただ一つ、人間と生態系との共生を取り戻すことしかあるまい。
このようにみてくると、人類にとって砂漠の存在は、きわめて特殊な意味をもつものといえよう。世界史を振り返ってみても、オリエントの古代文明はインダス河流域に、黄河流域には中国文明と、いずれも現在では広義の砂漠地帯に発生したものである。もちろん、歴史時代における気候変化もあり、地域によっては現在の地域とは異なるところもあると考えられるが、湿潤熱帯地方に比べて、なぜ乾燥地帯に文明が発生したのかは、現在まで十分に納得する説明がなされているとは言い難い。
文献資料とともに、新しい考古学上の発見や物質文化資料の科学的な解析に期待する部分も残っている。〔参考文献〕リッチーコールダー、甲斐静馬訳『沙漠と闘う人々』岩波新書
小堀厳『沙漠』1973、日本放送出版協会
松田壽男『砂漠の文化−中央アジアと東西交渉−』1966、中公新書
小堀厳『死海』1963、中公新書
小堀厳『サハラ沙漠』1962、中央公論社
小堀厳『アラビアの旅から−沙漠にて−』1984、未来社
中谷宇吉郎『沙漠の征服−アメリカの国土開発−』1950、岩波新書
木村重信『カラハリ砂漠』1966、講談社
石毛直道『リビア砂漠記』1973、講談社
森本哲郎『サハラ幻想行』1971、河出書房新社