●佐竹義和 さたけよしまさ
アジア 日本 AD1775 江戸時代
1775〜1815(安永4〜文化12)江戸後期の秋田藩主。江戸下谷の藩邸に生れる。母は側室三木氏,幼名直丸。1778年(安永7)12月藩主義敦(よしあつ)の世子となり名を次郎と改める。1785年(天明5)4月元服して義和と称す。同年6月義敦が没して7月26日襲封。1788年(天明8)12月従四位下・侍従・右京大夫となる。18世紀後期の窮迫した領主財政の再建をめざして寛政年間より積極的な藩政の推進を行い,農業・林業・鉱業・流通統制など多方面にわたる改革政治を指導した。その結果一部にかなり改革の成果をあげることができたが,事業半ばにして1815年(文化12)7月8日,40歳の若さで秋田で没した。