●左宗棠 さそうとう
アジア 中華人民共和国 AD1812 清
1812〜85 中国,清末の軍人・政治家。字は李高,号は湘上農人。湖南省湘陰県の人。太平天国軍が湖南で盛んになると,胡林翼の推挙により官途につき,あわせて曽国藩の知遇をも得た。曽国藩や李鴻章が組織した団練をまね,自らも楚勇を編成し,諸省を転戦し太平軍の鎮圧に功をたて,浙江巡撫・ビン※注1※浙総督と昇進し,清朝の重臣の一人となった。曽国藩や李鴻章にならい,自己の支配力を不動のものとするがため洋務派官僚の一人として福州の福州船政局(馬尾造船所)を創設し,軍備の近代化につとめた。陝甘総督に転任してからは,捻軍や回族の反乱を鎮圧し,さらに李鴻章らの「海防重視論」に対抗して「辺防重視」を主張して容れられ,大軍を率いて西征しヤクーブ=ベク軍を破り,新疆を回復した。対露強硬論者としてイリ条約に反対したことで清朝にうとんじられるようになったが,清仏戦争ではまた総司令官として和議を成立させるなどして活躍し,任地で病死した。
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