●沙陀 さだ
AD
トルコ系の遊牧民族。沙陀突厥ともいう。西突厥の別種で,処月種ともいわれる。唐初,天山山脈の東部に居住していたが,玄宗(在位712〜756)のころ吐蕃に逐われて東方の北庭(ビシュバリク)方面に移り,9世紀初に唐に帰順した。唐はこれをオルドスの塩川に居住させ,族長の朱邪執宜を陰山府兵馬使に任命して西北辺を防備させた。その子の赤心は功をたてて唐から李国昌の姓名を与えられ大同軍節度使に任命された。その子の李克用(856〜908)は唐を助けて黄巣の乱(875〜884)の平定につとめ,その子の李存勗(りそんきょく,885〜926)は923年(同光1)に後梁に代わって後唐を建てた。