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●桜井錠二 さくらいじょうじ

アジア 日本 AD1858 江戸時代

 1858〜1939(安政5〜昭和14)化学者。加賀藩士桜井甚太郎の六男として金沢に生まれる。彼がまず藩の英学校致遠館で英語を勉学したことは,のちに化学者として大成させる機縁となる。1871年(明治4)大学南校に入り在学中イギリスに留学,有機化学者ウィリアムソンの指導を受けた。1881年(明治14)帰国の翌年東京帝国大学教授となり,定年退職するまで37年の長きにわたり,化学の教育・研究両面で優れた業績をあげた。研究ではとりわけ門弟池田菊苗とともに溶液沸点の上昇を測るベックマン法を改良した考案が著名で,また理論化学の重要性を指摘し,その開拓につくした。一方財団法人理化学研究所を創設し,開所後は副所長となり,また1926年(大正15)帝国学士院長に就任,のちには学術研究会議議長・日本学術振興会理事長を兼ね,さまざまな国際学術会議に出席して,日本の研究業績を広く紹介した。遺稿には『思い出の数々』がある。