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●佐久間貞一 さくまていいち

アジア 日本 AD1846 江戸時代

 1846〜98(弘化3〜明治31)明治時代の実業家。旧幕臣で幕府賄方佐久間甚左衛門の長男,江戸日本橋で出生。幼名千三郎,安井息軒に学び,彰義隊にも参加。維新後は北海道開拓計画に参加し,天草島民の北海道移住を斡旋。教部省に出仕。1876年(明治4)新技術を導入して,西洋活版印刷所秀英舎を東京板橋に設立,いろいろな新聞の印刷にかかわり,このほか石版印刷の泰錦堂,1886年,東京板紙会社設立,日本郵船とむすんで海外移民事業をおこすなど,きわめて積極的な開明派であった。労働問題にも関心をもち,秀英舎では,徒弟教育・修養相互積立金などをつくり,9時間労働制の確立,養老,退職手当の積立金,勤続賞与,夏季休養制などを導入するなど西欧の労働制を移入している。そして進歩的実業家として労資共存と工場法の制定の中心人物となり,1897年,労働組合期成会評議員となり,片山潜よりは,日本労働界の恩人と評価されている。「国民之友」誌上に,改良主義的社会政策論を発表している。