●座喜味城跡 ざきみじょうせき
AD
読谷村字喜味城の北端,城(ぐすく)原台地に所在。読谷村(よみたんそん)は沖縄本島中部の北側に位置し,東シナ海半島状に突出し,比較的平担な地形をなす。したがって標高127mの城原台地に築かれた座喜味城はひときわ目立つ存在である。沖縄歴史上の築城家として名高い護佐丸(ごさまる)の居城として知られる。護佐丸は当初本城の東方4kmの恩納村(おんなそん)出田城にいたが1416年(永楽14),中山尚巴志(しょうはし)の北山討伐に参加(1422年の和言久徳説もある)してのち,座喜味城を築城し移ったといわれる。15世紀の中ごろに護佐丸は,中城(なかぐすく)城に移ったために,この城はわずか十数年にして廃せられた。1972年(昭和47)の本土復帰に伴い,国の史跡指定を受けた。翌1973年から史跡環境整備事業が着手され,数年にわたって発掘調査が実施された。その結果,主郭と二の郭が明確に現れ,主郭には,殿舎跡などの建物跡が発見された。出土遺物に,中国陶磁を主体に古銭・土器・炭化麦などがある。現在城郭などの整備がなされ,面目を一新しつつある。