●坂田藤十郎 さかたとうじゅうろう
アジア 日本 AD1647 江戸時代
1647〜1709(正保4〜宝永6)元禄時代の上方の歌舞伎役者。30歳ごろまでの修業時代については不明な点が多いが,1678年(延宝6)に『夕霧名残の正月』で藤屋伊左衛門を演じて好評を博し,役者としての地歩を固めた。1693年(元禄6)『仏母摩耶山開帳(ぶつもまやさんかいちょう)』に出演するころから近松門左衛門と提携し,以後近松の歌舞伎作品を数多く演するようになる。1699年(元禄12)には『けいせい仏の原』の梅永文蔵役が好評を博し,上方演劇界の第一人者の位置をしめ,元禄末年までその位置を確保している。が,60歳前後より身体の不調により芸も衰え,1609年(宝永6)に病没した。その芸風は,やつし事・濡れ事を得意とする写実的なものであり,元禄歌舞伎の一面を代表するものであった。その芸談は,『役者論語(やくしゃばなし)』に聞き書きの形で数多く残されており,芸への見方やその工夫などをうかがうことができる。