●嵯峨天皇 さがてんのう
アジア 日本 AD786 平安時代
786〜842(延暦5〜承和9)第52代天皇(在位809〜823)。幼名は神野(かみの)親王。桓武天皇の第2皇子,母は藤原乙牟漏(おとむろ)。809年(大同4)兄平城天皇をついで即位。桓武天皇に始まる律令政治復興の努力のなかで政治的・文化的に活況ある治世であった。とくに810年(弘仁1)の薬子(くすこ)の変にあい,蔵人所(くろうどどころ)・検非違使(けびいし)などの令外官(りょうげのかん)を設置し,また行政機構の簡素化も行った。弘仁格・弘仁式や『新撰姓氏録(しょうじろく)』など律令制度維持のための事業のほか,賀茂斎院をはじめ白馬節会(あおうまのせちえ)など儀礼・年中行事の整備も進め,宮廷を中心とした唐風文化にも熱心だった。詩文をよくし勅撰漢詩集『凌雲集』『文華秀麗集』など多くの詩を残している。また能書家で空海・橘逸勢とならんで三筆に数えられる。陵墓は京都北嵯峨朝原山町の嵯峨山上陵。
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