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●酒井田柿右衛門 さかいだかきえもん

アジア 日本 AD1596 江戸時代

 1596〜1666(慶長1〜寛文6)江戸時代前期の有田の陶工。かわら造酒井田円正の子で,幼名は喜三右衛門。赤絵の技法を発明した陶工であり,佐賀藩主鍋島家から柿右衛門の名を与えられ,それが通称のようになる。元来,古唐津風の陶器を焼いていたが宝永年間に博多承天寺僧の紹介で朝鮮人陶工,高原五郎七に弟子入りして,染付白磁の焼き方を習得した。次に伊万里商人の徳左衛門より,中国伝来の赤絵の方法の教示を受けたが成功をみず,さらに五郎七の門弟の呉須権兵衛の協力を得て,苦心惨胆の結果,正保年間になってから,赤絵の技法を完成することができた。ここにおいて,乳白色の磁器に独特の赤絵を描いて人々の関心をひきつけ,ついに中国・オランダをはじめ,海外諸国へ輸出し,国内でも赤絵法は有田焼の名とともに,京や加賀へ波及していく。そして“赤絵柿右衛門”として,その名は世界的に普及していった。