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●差役法 さえきほう

アジア 中華人民共和国 AD 

【意味・職種と戸等との関係】中国には郷戸が国や地方のために課せられる役(労働奉仕)があった。一つは力役で,州県が勝手に農民を使役して治水や国防の仕事をさせるもので宋代では夫役といった。他の一つは職役で,郷戸を戸等に応じて州県や郷内の公的職事を課した義務的な職事で一般には差役法といわれる。職種には官物を掌握する衙前・賦税の課督にあたる里正・戸長・郷番手,治安にあたる耆長・荘丁,奔走駆使にあたる承符・人力などがあった。戸等との関係は,衙前は郷内の第1等戸,里正も第1等戸,戸長は2等戸,郷番手は多く第3等戸。治安関係の耆長は第1・第2等戸,弓手・壮丁などは第3等戸より選ばれた。一般に下等戸は差役より免れたといわれたが例外もあった。

【差役法の弊害】[1]職責そのものが極端に過重で民生を破壊した。たとえば官物(主として税収の物資)を掌握する衙前はこれを官の倉庫に運搬する際に損傷を蒙れば,自弁しなければならなかった。賦税督課の里正・戸長らは予定の額を集められなければ不足分を自弁しなければならなかった。里正衙前に選ばれたため,一家は破滅するだろうといって,子供の前で自縊した話が残っている。[2]差役は農事を妨げた。農民に播種・収穫などの仕事はきわめて大切である。もしも時季を妨げられると生計の破壊につながる。差役法では州県や国のことが重視されてこの農時が配慮されなかった。[3]差役法の基準となる戸等が公正でなかった。不公正の原因には上等戸が過重な役を免かれるため官吏に賄賂を贈って戸等の低下をはかった。その分だけ下級の戸が上等戸に登録されて重い職責につかされるわけである。不公正の原因には戸等を定める基準が一定せず,財産を基準にすべきはずの戸等が,ごまかされている税銭を基準にして定められることが多かった。それで改正するか,財産・税銭などを調査し直す政策が必要となっていった。

〔参考文献〕曽我部幹雄『宋代財政史・第2編』

東一夫『王安石新法の研究・第1編』1970,風間書房