●三枝博音 さえぐさひろね
アジア 日本 AD1892 明治時代
1892〜1963(明治25〜昭和38)日本の科学思想家・唯物論哲学者,科学史・技術史の先駆者。倚覯本(きこうぼん)・善本を蒐集しはしなかったが「三枝博音文庫」は科学史の宝庫である。三浦梅園哲学のごとき日本の科学哲学の発掘者。1920年(大正9)以来,東洋・立正・法政・横浜市立の諸大学あるいは旧制成蹊高等学校・湘南沿岸専門学校・鎌倉アカデミの教壇にたつ。1963年(昭和38)11月日本学術会議のシンポジウムを主宰した帰途,横須賀線列車大事故の犠牲となる。彼は技術史研究の開拓者で,『日本の知性と技術』『技術史』(現代日本文明史14巻)を,さらに日本科学全書12巻を編し,人間の生活と技術・知性とのかかわりを追求し,『日本の唯物論者』(1956,英宝社)を書き,技術の知性とのかかわりを掘り下げた人びとを明らかにしている。そして,「技術の哲学」を追求し,単なる技術のみでなく生産の場にある技術労働者を強く位置づけている。〔参考文献〕『三枝博音著作集全12巻』1973〜74,中央公論社