●サヴォナローラ
ヨーロッパ イタリア共和国 AD1452 両シチリア王国
1452〜98 イタリアのドミニコ派の説教僧。フニラーラに生まれる。1472年カンツォーネ“世界の崩壊”、1475年“教会の崩壊”をかき、聖職者の腐敗を追求。1490年メディチ家の招きでフィレンツェのサン=マルコのドミニコ会に移り、その修道院長となる。警世の説教で声望を得て、聖堂での説教壇を任される。1494年シャルル8世のイタリア降下を事前に予言したり、その王との交渉で権威を高め、メディチ家の追放・共和政再建に手をかす。風俗本や絵画を焼かせ、慈善基金のための課税(10%)をし、市民生活の浄化につとめたが、それはかえってルネサンスの中心をローマに移させた。教会腐敗の攻撃をやめないので、教皇から1497年説教を禁止されたのちに破門される。フランチェスコ派の僧との神の裁定争いの中止を期に権威を失い、異端の罪で逮捕され、シニョーリア広場で絞首刑ののち火刑にされた。のちにマキャヴェリが彼を“武器をもたない予言者”と書いたが、彼の神政政治的民主主義は短命に終わり、寡頭政治が復帰した。