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●サヴィニー

アフリカ アフリカ AD 

 1779〜1861 ドイツの法学者。フランクフルト=アム=マインに生まれる。マールブルク・ランズフート・ベルリン各大学で法律を教える。1842〜48年プロイセンの国務兼司法大臣。1814年にA.ティボーの自然法学に対して,『立法および法律学に対する現代の使命について』を著し,歴史法学を主張した。1815年,K. F. アイヒホルンなどとともに「歴史法学雑誌」を創刊。1815〜31年に『中世ローマ法典』(6巻),1840〜49年に『現代ローマ法体系』(8巻)を執筆する。彼は法哲学の分野で歴史法学派の創始者とされる。その思想はドイツ=ロマン主義運動と親和性をもつ。法は言語・習俗・制度と同様に民族精神の表現であり,有機的に成長するゆえに,立法手段による外的押しつけを非とし,統一法典を求める運動に反対した。またこうした主張の一環として法の歴史的理解の必要を強調した。彼の『中世ローマ法史』は最近まで法史学研究の手本とされてきた。

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