●サイパン島陥落 サイパンとうかんらく
北アメリカ アメリカ合衆国 AD
太平洋戦争中の1944年(昭和19)6月,わが国の太平洋防衛の要衝サイパン島が米軍によって攻略されたことをさす。1943年12月,米国は,日本全土の長距離爆撃のため開発されたB-29の基地として,マリアナ諸島の占領を決定した。作戦は1944年6月11日からの砲爆撃につづき,15日朝,サイパン島上陸で開始された。当時,同島には陸軍(第31軍)2万3,500人,海軍6,600大計3万人のほか、邦人約2万5,000人がおり,第31軍司令部(軍司令官小畑中将)・中部太平洋艦隊司令部(長官南雲中将)・第6艦隊司令部(長官高木中将)があった。これに対し米軍の上陸兵力は,海兵師団を主力とするわが日本国軍の2.5倍を超えた。わが国の守備軍は10日目ごろまでにその大半を失い,7月6日から7日にかけて全軍玉砕し,住民も約1万3,000人が軍と運命をともにした。わが国の連合艦隊は全力をあげて急行,米艦隊に決戦を挑んだが,マリアナ沖海戦で大敗して退いた。その結果,同年11月に日本本土に対する戦略爆撃が始まるのである。
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