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●裁判 さいばん

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 人間が生活を営み社会を形成していく過程のなかで,そこには当然ながら個人対個人のあいだに生じる利害をめぐる衝突または紛争が惹起する。このような衝突・紛争を解決し,調整するための規律を設け,その規律に法の機能と権威を付与した上での第三者の判定を裁判という。裁判には,代表的な裁判としての民事裁判・刑事裁判以外に行政裁判などがある。これら国内における裁判のほかに,国際裁判があるが,概括的にとらえると,裁判とは,国家機関である裁判所が,公権にもとづいて民事事件・刑事事件における訴訟事件で法律を具体的事件にあてはめて権利義務を確定したり,有罪・無罪の判断を示す行為であるが,裁判にいたるまでの期日の指定,また期日における弁論を指揮するなど,裁判手続のすべてをさす場合も,裁判に含める。裁判には,形式上の区分として,判決・決定・命令がある。このうち,どの形式で行われるかは訴訟法そのほかの法律で定められるが,なかでも判決は最も重要な裁判の原則的形式で,口頭弁論をへることを必要とし,口頭弁論をへて裁判所が判定した言い渡しを判決というが,言い渡しは,公開の法廷において言い渡されることで効力を生ずる。判決に対する上訴の方法に控訴・上告がある。ただし,民事訴訟では,訴えが違法でない場合,口頭弁論をへないで判決で訴えを却下できるし,刑事訴訟でも,最高裁判所では,上告趣意書などで上告に理由がないことが明白なときは,弁論をへないで判決で上告を棄却できるといった例外がある。決定・命令は,判決に比べて簡易な形式の裁判で,軽微な事項および迅速を要する事項について認められている裁判では,口頭弁論にもとづかない。決定は判決と同じく,狭い意味での裁判所のする裁判で,命令は裁判所の個々の裁判官の行う裁判である。

【裁判の歴史】わが国の裁判の歴史の萌芽は,『日本書紀』の応神天皇紀允恭天皇紀から知ることができる。きわめて原始的な裁判で,盟神探湯(くがだち)の方法が用いられた。争いの当事者に対して各自の主張が正当であることを誓わせて,熱湯のなかの埴土(はにつち)または石を手で探らせ,手が焼けただれると神罰が下ったとして有罪,そうでなければ神が許したものとして無罪とした。事の曲直の断定は,すべて神意によるものとしたところに,盟神探湯の意義があった。645年(大化1)の大化の改新以後,隋・唐の影響のもとに律令法典が制定された。この律令は,律・令・格・式の四つで形成されていたが,その特色は,聴訴による民事事件と,断獄である刑事事件とに大別される点にあり,前者では書証に重きをおくなど,証拠が重要視されはじめたことである。しかも裁判管轄が定められ,聴訴・断獄ともに上訴制度に頼ることができるなど,裁判機構の確立の足がかりをみることができる。律令制が衰えていくのは平安時代に入ってからである。司法の実権を握ることになった検非違使庁が庁例という慣習法で裁判をするようになった。鎌倉時代に入ると,武家法・公家法・花園法・寺法などの法制にもとづき裁判が行われたが,中心となったのは武家法であった。武家法による裁判は,所務・雑務・検断の三つがあった。なかでも,御家人の所領争いの民事訴訟事件は,裁判が迅速に行われるように,それまでの評定衆のもとに引付衆という独立の裁判所で審理したが,訴訟手続きの中心は書面審理であった。幕府が初めて固有の成文法をもったのは,1232年(貞永1)のことで,執権北条泰時が制定・公布した貞永式目である。これは51カ条からなる御成敗式目で,裁判の基本法典として長く用いられることになった。室町時代に入ると,各地で御成敗式目を基準とした分国法が制定されたが,豊臣秀吉の天下統一後も,この分国法による裁判は活発であった。江戸時代に入ると,幕府は「武家諸法度」1615年(元和6)などの慣習法を整備するなど,裁判制度の確立について意を注いだ。1742年(寛保2),8代将軍吉宗によって公事方御定書が制定・公布され,幕府の直轄領における裁判手続きの基本となったが,幕府の天領以外の各藩では,室町時代の分国法による裁判がいぜんとして行われていた。一例をあげると,伊達藩における『塵芥集』などである。幕府の裁判制度は,現代の最高裁判所にあたる評定所を中心にして,寺社・町・勘定・道中各奉行および火附盗賊改が置かれ,地方裁判所にあたるものとして京都所司代などの遠国奉行,それに郡代・代官などの遠国代官が置かれていた。裁判の内容は口頭弁論よりも書面審理に重きがおかれ,民事訴訟については当事者間の和解主義,刑事については吟味物の裁判に重点がおかれた。したがって犯人の自白が重んじられ,自白を得るための拷問がしばしば行われていた。明治維新を迎えるや,人権尊重を取り入れた欧米の裁判制度はわが国の裁判制度にもその思想が受け継がれ,明治憲法は司法権を立法権・行政権から独立させたいわゆる三権分立制を確立させるとともに,裁判所構成法・民事訴訟法・刑事訴訟法が公布され,近代司法制度はこの時点から面目を一新することとなった。さらに,現行の日本国憲法が1947年(昭和22)施行されたことに伴い,明治憲法下の天皇の名における裁判権の行使は,主権者である国民の信託を受けた国民のための司法へと一大変革を遂げたのである。

【裁判官】裁判官とは,裁判所において裁判権の行使および司法行政権を行う特別職の国家公務員をいい,すべて任命制であって,最高裁判所の裁判官は,最高裁判所長官・最高裁判所判事,下級裁判所の裁判官は,高等裁判所長官・判事・判事補・簡易裁判所判事などがある。これらは官名である。簡易裁判所の判事は,判事補・検察官・弁護士として3年もしくはそれ以上の経験のある者から選ばれるが,簡易裁判所の判事としての職務に必要な法律の素養のある者のなかから選ばれるなど,必ずしも法律専門家でない場合もある。判事補は,司法修習生として2年間の修習を終え,修習後の最終資格試験合格者であることを必要とする。ただし,判事補は,合議体裁判所の裁判官の一人として裁判にかかわることはできるが,独立して判決をする資格はない。判事は,判事補・検察官もしくは弁護士など法曹として10年以上の経験をもつ者のなかから任命される。最高裁判所裁判官15名は,識見の高い法律の素養のある年齢40歳以上の者であることが資格要件とされている。15名のうち,少なくとも10名は,高等裁判所長官もしくは判事の職に通算10年以上あった者または検事・弁護士・簡易裁判所判事,大学の法律学の教授または助教授で,20年以上一つの職もしくは二つ以上の職にあったもののなかから選ばれ,残り5名は,専門の法律家としての経歴または知識をもたなくとも,ひろく人材を求めるため,その職務に必要な学識経験者のなかから選ばれる。長官を含む最高裁判所裁判官15名は,任命後,衆議院議員選挙のとき,国民の投票による国民審査に付される。最高裁判所裁判官以外の裁判官は,最高裁判所が指名した者の名簿によって内閣が任命する。最高裁判所の裁判官以外の下級裁判官の任期は10年で,再任されることができるが,最高裁判所長官および裁判官は任期はなく,70歳の定年まで,衆議院議員の総選挙の機会を利用して行われる国民審査で罷免されない限りその地位は保障される。簡易裁判所判事も最高裁判所判事と同様に70歳,それ以外の裁判官は65歳になった時点で退官する。下級裁判所の裁判官は最高裁判所の指名した名簿のなかから内閣が任命するが,なぜ最高裁判所の指名した名簿のなかから裁判官の任命が行われるのかというと,行政権を有する内閣が独自に裁判官の任命をなしえないことは,すなわち司法権の独立を確固たるものとするために行政権の介入を禁じているわけである。教判官は憲法上特別の地位を有しており,その身分は一般の国家公務員に比較して,裁判官の報酬などに関する法律,裁判官分限法・裁判官弾劾法・最高裁判所裁判官国民審査法などによって強く保障されている。

【裁判官以外の裁判所の職員】裁判官以外の裁判所職員の構成メンバーは,裁判以外の裁判権の付随的作用を任務とする裁判所書記官・執行官,また裁判事務上における裁判官・家庭裁判所調査官・裁判所速記官・廷吏,最高裁判所事務総長・事務局長・秘書官以外の司法行政事務上における補助官として,裁判所事務官・裁判所技官などである。[1]裁判所書記官は,裁判官を裁判に専念させるため裁判権に付随する機関としての職能をもつ。調査官のように裁判官の下部に位置するものでなく,自己の名でその権限を行うことができ,訴訟手続の立会など,また訴訟記録などの編成・保管を受けもつ。[2]執行官は,民事裁判の執行,裁判上の文書の送達などの事務を行う,[3]裁判所調査官は,裁判官の命を受けて事件の審理・裁判に関して必要な調査をする。[4]家庭裁判所調査官は,家事・少年事件の審判のため,社会学・心理学など,審判・調停・少年保護事件に必要な調査を行う。[5]裁判所速記官は,裁判に関する速記および付随する事務を行う。[6]廷吏は,裁判官の補助職員として,法廷における秩序維持などに従事する。[7]裁判所事務官は,裁判所における庶務・人事・会計など,行政事務を行う。

高等裁判所】全国8カ所の主要都市(東京・大阪・名古屋・広島・福岡・仙台・札幌・高松)に設けられていて,そのほか6カ所(金沢・岡山・松江・宮崎・那覇・秋田)に支部が置かれている。8カ所の高等裁判所長官は,内閣が任命し,天皇が認証するが,これら長官を含め,全国で約280名の判事によって組織されている。民事事件については,地方裁判所が第1審の控訴,地方裁判所が第2審の裁判および簡易裁判所の飛躍上告審,刑事事件については,地方裁判所家庭裁判所簡易裁判所など,下級裁判所の第1審判決に対する控訴,また,内乱罪にかかる事件,選挙や当選の効力についての選挙管理委員会の裁決,公正取引委員会の決定に不服な場合などの行政訴訟の第1審裁判権をもつ。事件の審理は裁判官3名からなる合議体でなされるが,内乱罪・公正取引委員会の審決にかかる訴訟など特別の事件の場合は,5名の裁判官による合議体がとられる。

地方裁判所】全国都道府県庁所在地50カ所(北海道4カ所)に置かれ,支部は全部で242である。判事の構成は,判事が約800名,判事補は約400名がいる。民事事件・刑事事件に関する原則的な第1審裁判所で,民事事件については,簡易裁判所の判決に対する控訟裁判所にもなる。原則として裁判官1名による単独裁判であるが,控訟事件,そのほか法律の定める重要案件については,裁判官3名による合議体で行われる。

家庭裁判所】全国に50カ所あるが,その支部(242)とともに所在地・管轄区域ともに地方裁判所と同一で,いわば地方裁判所の同格に準ずる裁判所である。判事約190名,判事補約150名がいるが,ほかに,1,400名の調査官が任命されている。なお,そのほか,民間から選ばれる家事審判官・家事調停委員がいる。おもに,家事審判・家事調停および少年事件の審判を行う裁判所であるが,少年に義務教育を受けさせないなど,少年の「福祉」を害する成人の刑事事件をも取り扱う。家事審判として,子の氏を変更する裁判,養子縁組の許可,両親死亡の場合の後見人の選任など,家事調停として,夫婦間の紛争など,それぞれ家事審判法上の家庭をめぐる事件の審判・調停を行う。裁判上の離婚を求める場合,地方裁判所に対して離婚訴訟を提起することとなるものは離婚訴訟前に,家庭裁判所に離婚調停の申立てをしなければならないこととされている。調停不調の場合のみ,地方裁判所に対し離婚訴訟を提起することができることからもうかがい知ることができるように,家庭裁判所では,調停による解決が重視されている。また,少年事件については,非行に走った少年が16歳以上の場合,調査審判の結果,非行の内容が刑事処分相当と認める場合,検察官に逆送致する。それを受けた検察官は,少年を刑事被告人として公訴提起することになる。家庭裁判所は,家事事件・少年事件に関する問題を取り扱っているが,民事事件・刑事事件とは事件の趣きが相違するところから,1949年(昭和24年)1月,家事事件・少年事件を取り扱う専門の裁判所として,それまでの家事審判所・少年審判所を合体した家事事件専門・少年事件専門の現在の家庭裁判所の設置をみたのである。

簡易裁判所】軽微な事件を簡易迅速に処理するための民衆に親しみやすい裁判所設置の要求にもとづき,戦後に設けられた。全国575カ所に設けられていて,判事の数は,約760名である。比較的軽微な事件を取り扱う。刑事事件では罰金以下の刑にあたる罪,選択刑として罰金が定められている罪,または窃盗・横領など懲役3年以下の懲役刑にあたる罪,民事事件については,訴訟の目的物の価額が一定額を超えない民事事件などの裁判権をもつ。略式処分に関する特別手続きがとられるなどの特色がある。つねに裁判官1名の単独で事件を審理するのが原則である。

刑事裁判】人の生命や財産を害する犯罪を犯した者は,刑罰法規で犯罪を適用し,刑罰を科することとなるが,ある行為が犯罪とされ刑罰を科せられるには,その行為が犯罪として刑罰を科せられるための成文の法律が定められていなければならない。それには手続きが必要である。〈何人も,法律の定める手続きによらなければ,その生命若しくは自由を奪われ,又はその他の刑罰を科せられない〉と憲法31条に定められているが,この個人尊重の思想は,何人が犯罪の嫌疑を受けても有罪と決まるまでは通常人としての取り扱いを要することを強く主張するのである。犯罪の疑いのある者を法律によって定められた適正な手続きを適用することで,はじめて犯人に刑罰を科することができる。そのための手続きが刑事裁判であり,その手続きを具体的に規定した法律が刑事訴訟法である。刑事裁判の第1段階は司法警察職員による捜査である。検察官も自ら犯罪の捜査にあたることもあるが,通常は司法警察職員に対して必要とされる一般的指示にとどまり,送致・送付を受けてから捜査を開始する。ここで刑事裁判にとって重要なことは刑事訴訟法1条に規定されている公共の福祉の維持と基本的人権の保障,事案の真相の究明,刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することであるが,迅速な適用には,憲法37条にある刑事被告人に対する迅速な裁判を受ける権利の保障も含まれている。捜査段階における人権の保障については,身柄の逮捕や証拠品の押収・家宅捜索などの場合には令状を必要とする令状主義,また拷問は禁じられており,取り調べに際して自己に不利益となる供述を強要されない黙秘権をもっていることである。検察官の捜査の結果,犯人の性格・年齢・境遇および犯罪の性質などを勘案して公訴提起の必要がないと判断できれば検察官は事件を不起訴処分に付するが,犯罪の嫌疑が証拠によって固まったと判断したときには公訴を提起する。公訴の提起は裁判所に起訴状を提出して行うが,これを受理した裁判所は,被告人に対する起訴状騰本の送達,検察官・弁護人に対して公判期日を通告するなどの公判準備に入り,公判が開始される。被告事件について証拠調べの結果,犯罪事実の証明があったときには,裁判所は有罪の判決を言い渡すことになる。判決の内容に不服がある場合,検察官・被告人ともに上訴することができる。地方裁判所家庭裁判所および簡易裁判所の判決に不服がある者は,判決宣告の日から14日以内に高等裁判所に控訴することができるが,このあいだに控訴の申し立てがないと判決は確定する。また控訴取下げなどにより14日を待たずに確定することもある。判決から確定した被告人に対しては,検察官の指揮によって刑の執行が行われる。裁判段階における被告人の人権の保障としてあげられる事項の大きなものに,「疑わしきは罰せず」のことわざを原則とする犯罪を証明する確固たる証拠がないと有罪とされない証拠裁判主義,裁判官に事件についての予断を生じさせるおそれを排除する起訴状一本主義がある。

【民事裁判】社会生活を営んでいく上で個人の権利をめぐるさまざまな紛争の生じる場合が少なくない。その場合,当事者が自主的に紛争を解決できないことがある。そこで,権利を侵害された者が侵害した相手を裁判所に訴えるのを民事裁判という。民事事件は,できるだけ紛争を自主的かつ円満に解決することが理想である。その方法として,話し合いで解決する和解契約,紛争の解決に第三者が介入する調停,また第三者の仲裁裁定によって紛争を解決する仲裁などがある。一方,当事者が話し合いによって円満かつ自主的に紛争を解決しえないとき,国家権力による紛争解決の手段が必要となる。その手段として,裁判所は,原告と被告の言い分を主張させ,必要に応じて証人の証言をきき,証拠調べをし,当事者の主張のなかから真実をつかんで裁判所の判断を示す。これを判決というが,判決にあたっては,当事者が裁判所の判断に従うことを強制し,紛争を解決することにしている。この制度のことを裁判制度という。また,貸した金が返ってこない場合など,金銭の支払を命ずる判決を得て確定したとき,貸金返還請求権という私法上の権利の強制を実現させるための強制執行制度がある。これら判決手続き・強制執行手続きには,訴訟事件を適正・迅速・公平に解決するため,民事訴訟法とその関連法規が規定されているし,養子縁組事件などを扱う人事訴訟手続き,目または地方公共団体の機関を相手とした紛争についての行政事件訴訟法が特別の規定をおいている。それと金銭債権についての支払命令に判決と同種の効力を与える督促手続きもある。そのほか,民事裁判の事件の対象について特別の手続きが定められているものに,非訟事件・仮差押事件・仮処分事件・任意競売事件・破産事件などがある。

三審制】裁判を公正・慎重に行うために,わが国の裁判では三審制をとっている。裁判はまず第1審裁判所で行われ,第1審裁判所の判決に不服の場合,第2審裁判所に不服の申立ができるが,この不服の申立を控訴という。第1審裁判所は地方裁判所家庭裁判所簡易裁判所の3種で,それぞれ裁判権が異なっており,民事裁判では訴訟の額が30万円を超えない場合,第1審裁判所は簡易裁判所,超える場合は地方裁判所,また刑事裁判では3年以下の懲役または罰金刑以下の刑にあたる場合は簡易裁判所,それ以上は地方裁判所が第1審裁判所となる。第1審裁判所である家庭裁判所の役割は,たとえば相続人に対する相続財産の配分にかかわる審判とか調停を扱う家事事件,また満20歳に達しない少年が被疑者である場合,刑罰を科さない場合に付する保護処分,刑罰を科さなければならないと判断したときに地方裁判所で裁判を受ける方法の少年事件,満18歳に達しない少年を雇った場合の深夜業を禁ずる,成人に対する成人事件などを担当する。原則として第2審裁判所は高等裁判所であるが,内乱罪にかかる事件などについては第1審裁判所の役割をもつ。簡易裁判所の民事訴訟に関する控訴・抗告は地方裁判所が第1裁判所となる。第3審裁判所は原則として最高裁判所であるが,民事訴訟公の場合,第2審が地方裁判所のとき高等裁判所が第3審裁判所となり,この裁判に対して憲法違反・判例の内容手続きにおける法令違反を主張するときは最高裁判所に特別上告することになるが,その場合,最高裁判所は第4審裁判所としての役割をもつことになる。

 以上のように民事訴訟と刑事訴護では裁判所の審判制度に若干の相違がみられ,一律に三審制を論じられないのが現状である。

〔参考文献〕兼子一・竹下守夫『裁判法」1973,有斐閣

水木惣太郎『司法制度論』1969,有信堂

最高裁判所編『日本の裁判』1971