●催馬楽 さいばら
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催馬楽を一言でいうなら,上代の地方歌(民謡)や戯れ歌などに曲調をつけて宮廷へ雅楽としてもち込まれたもの,となろう。それが宮廷から貴族にひろまり,伝統性を帯びたところに,藤家と源家の流れの基がある。催馬楽は現在61首残されている。内訳は律25首,呂36首である。和琴(わごん)や笛などを伴奏にして笏拍子(しゃくびょうし)を打って歌った。催馬楽の初見は六国史(りっこくし)の一つの『日本三代実録』巻3,859年(貞観1)10月22日の条に〈広井女王薨…特善二馬楽歌一〉とあるもの。催馬楽の語義については古来諸説があり,代表なものに[1]諸国から貢物を運搬する際に馬を催す歌の意で,馬子歌からのものとする説,[2]万葉集の3154番の歌に〈いで我が駒早く……〉という馬を催す意からとする説など10種類の説がある。〔参考文献〕小西甚一「催馬楽」『古代歌謡集』日本古典文学大系,1957,岩波書店