●ザイド派 ザイドは
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イスラーム=シーア派の一派で,シーア派初代イマーム=アリーの曽孫ザイドの名に由来する。ザイドは第4代イマームの子で,穏健な兄である第5代イマーム=ムハンマド=アルバーキルとは政策を異にし,積極的な政治運動によってウマイヤ朝からシーア派に政権を奪取しようと努め,740年にイラクのクーファで乱をおこしたが数日後に鎮圧され,彼は戦死した。この派は特異なイマーム論を主張し,シーア派主流の十二イマーム派と一線を画している。アリー以前の3人の正統カリフを,主流シーア派はアリーの権利の簒奪者として認めないのに対し,この派は折衷案を唱え,劣ったイマームとしながらもカリフの存在を合法的に認めた。しかし,この主張は主流に認められなかった。この派はカスピ海南岸のザイド朝(864〜928)やイエメンのラッシー朝(9世紀前半〜1300ごろ)に奉じられ,今日にいたるまでイエメンはザイド派の重要な中心で北イエメンの人口の半数以上は同派の信徒である。