●細石器 さいせっき
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小型の石器で,通例,幅1〜1.5cm以下で長さ5cm以下のものを細石器と呼んでいる。細石器は,石鏃などとして単独で使用されることもあるが,一般に木製や骨製の柄に溝をつけ,そこに複数の細石器をはめこみ,アスファルトなどで柄からはずれないように固めた組み合わせ式の道具として使用された。このような石器の用い方をすれば,もし刃部の一部が破損したとしても,破損した部分の細石器だけを新しいものと取り換えるだけで修復が可能となり,石材の経済的効率からみて,ひじょうに合理的な道具ということになる。このような細石器の出現は,北アジアにおいて細石刃と呼ばれる細石器の一種が,後期旧石器時代初頭からみられるのを初めとし,後期旧石器時代終末期から中石器時代にかけてほぼ世界的にみられる,旧石器時代の長い石器文化の伝統が達した合理的な石材利用の一つの頂点としてとらえることができよう。ヨーロッパでは,後期旧石器時代マドレーヌ期の後半に細石器が出現し,中石器時代になると,三角形・台形・四辺形・三日月形といった幾何学的な形をした細石器が盛行した。そのなかには,直箭鏃・タルドノワ尖頭器といった単独で石鏃として使用されたものもあった。南アフリカでは,後期旧石器時代末葉になると熱帯雨林・草原地域で尖頭器とともに細石器が主体をなすようになり,中石器時代になると,さらに盛行する。北アフリカは後期旧石器時代末葉になるとナイル川流域他で細石器がみられ,中石器時代においては,幾何学形細石器が盛行し,新石器時代のエジプトでは,ムギの穂を摘む鎌として用いられている。西アジアでは,後期旧石器時代末葉に非幾何学形細石器が出現し,幾何学形細石器へと発達し,その伝統は中石器時代のナトゥーフ文化に受け継がれる。ナトゥーフ文化ではシカの角に細石器を埋め込んだ鎌が野生の麦類の採集に使用され,新石器時代になると,栽培された麦類の収穫に使用された。こういった鎌刃として使用された石器には,イネ科植物に含まれるケイ酸体が付着し,独特の光沢をはなっている。インドでは,中石器時代になると細石器化現象がみられ,インドネシアの外領部でもトアレ文化と呼ばれる細石器文化が存在する。オーストラリアでは,約1万年前以降に幾何学形細石器がみられる。一方,これらの一般的な細石器とは別に,細石刃と呼ばれる細石器の一種が,北アジア・華北・日本・アラスカほかに分布している。細石刃とは,文字通り小型の石刃で,長さ2〜5cm,幅2〜5mmほどの大きさの縦長の剥片であり,この細石器刃が取り出された石核を細石刃核と呼ぶ。一般の細石器同様,木や骨の軸に溝をつけ,そこに複数の細石刃がはめこまれた組み合わせ式の道具となり投槍ほかとして用いられており,シベリアでは,これが野牛の肩甲骨に突き刺った状態で出土している。シベリアでは,後期旧石器時代初頭より断面が楔(くさび)形をした楔形細石核がみられ,すでに細石刃技術が生まれたことを示している。この楔形細石核・細石刃の伝統は,つづく中石器時代にも顕著にみられる。シベリア南部の石器群と密接な関連をもつとされる華北の後期旧石器時代の石器群のなかにもこの楔形細石核・細石刃がみられる。中石器時代には沙苑文化のなかに細石刃とともに円形・多辺形・方形の細石器がみられ,これらは,前期旧石器時代以来みられる小型剥片石器の伝統が祖型になって生まれたとみる向きもある。日本においては,後期旧石器時代後半,主として九州に多く見られる台形石器が細石器にあたり,単独で用いられたものと複数を組み合わせて用いたものとに分かれる。同じく後期旧石器時代の末葉に細石刃文化が日本全土でみられるが,そのなかで北海道と北九州を中心にした地域では楔形細石核の発達が顕著であり,大陸との関連がうかがえる。また,縄文時代後期の北西九州には石鋸と呼ばれる長さ3cm以下の鋸のような刃部をもった石器がみられ,これを複数組み合わせて柄に装着し,鎌として使用していたとする説もある。〔参考文献〕グレアム=クラーク,大塚初重訳『石器時代の狩猟民』1971,創元社
「日本旧石器人の生活と技術」季刊考古学4,1983,雄山閣