●西国巡礼 さいごくじゅんれい
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四国遍路が聖地巡礼の代表であるのに対して,西国巡礼は本尊巡礼の代表であり,第一番紀州那智山青岸渡寺から第三十三番美濃谷汲山華厳寺にいたるまで,近畿地方を中心に,2府5県にまたがる観音霊場を巡拝するものである。この観音霊場の基本数である33については,観音菩薩が33身に応現して衆生を救うという観音経に由来している。西国巡礼の開創は,平安末期とされているが,高野参詣,または熊野詣といった単一参詣とは比較にならぬ難行苦行であり,俗人を容易に近づけず,僧侶や行者の修行手段として発生したものである。しかし,観音信仰の浸透や民衆の経済的地位の上昇などにより,室町中期から後期にかけ,僧侶にまじって俗家も巡礼の群に加わるようになり,江戸時代にいたって隆盛をきわめると同時に,物見遊山化する傾向が強くなった。一般に巡礼という行為には,罪障消滅の願いと現世利益の祈願という,二面的な欲望がこめられているが,西国巡礼は後者の性格が強く,四国遍路は前者の側面が強調されているように思われる。