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●西行 さいぎょう

アジア 日本 AD1118 平安時代

 1118〜90(元永1〜文治6)平安末期の歌人。俗名を佐藤義清(のりきよ)といい,鳥羽上皇に仕えた北面の武士であったが,1142年(永治2)23歳で出家隠遁。法名円位(えんい),西行は号。初め東山・嵯峨野,ついで高野山や伊勢二見あたりに隠棲,そのあいだ,出家後まもなく陸奥へ,1167年(仁安2)中国四国へ,1186年(文治2)再び陸奥へ旅した。最晩年は河内弘川寺(大阪府河南町)に住み〈願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃〉と詠んでいたとおり没年の2月16日に亡くなった。『詞花集』に1首,『千載集』に18首,『新古今集』に94首ほか勅撰入集266首におよぶ。とくに『新古今集』では最も多く入集しており,自然美を求め,自己をみつめ,しかも不要な修飾のない歌風は,中世を代表する歌人として,後世の宗祇・芭蕉たちに大きな影響を与えている。『御裳濯河歌合』『宮河歌合』ほか歌集に『山家集』『聞書集』などがある。