●祭儀 さいぎ
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非日常的世界で行われている超自然的存在(神)と人間のコミュニケーションの様式。祭儀は厳粛さや荘重さが重んじられ,日常生活の秩序や規範が強調される点で,喧噪や野卑を基調とし,日常生活の秩序や規範の逆転や逸脱を意図する祝祭と異なる。また,超自然的存在とのコミュニケーションの効果をあげるために,祭司(司祭)には禁欲とか物忌・精進が厳しく課せられ,コミュニケーション=メディアとして呪術宗教的な所作や言語・供物などが用いられる。【祭儀の非日常性】祭儀は未開・文明を問わず,一定の季節と不可分の関係をもつ。オーストラリア中部の狩猟採集民社会では,季節は乾期と雨期に二分され,乾期には集団が分散して労働を中心とした世俗的生活が,雨期には集団生活が復活して祭儀を中心とした聖なる生活が営まれる。同じ狩猟採集民のエスキモーの社会では,夏は家族単位に孤立した狩猟と漁撈の生活が営まれ,冬には分散していた家族が集まって集団生活が再開され,長期にわたる盛大な祭儀が行われる。狩猟採集民にとって雨期と冬は,祭儀が集中的に行われる歓喜と緊張に満ちた季節である。古代ギリシアの祭儀は農業を中心としたもので,雨期に入る秋の種蒔きのころ,穀母神デメテールとその娘コーレを祀るエレウシス祭とテスモフォリア祭が,収穫期の6月にはシロフォリア祭が行われた。同じ農業を基調とする日本の祭儀は,稲作の生産暦にそって行われ,稲の種蒔きが始まる春には祈年祭が,稲の収穫期の秋には新嘗祭が行われ,この両祭のあいだに夏祭りと冬祭りが介在する。こうした季節ごとの祭儀は,一定の形式にもとづいて,厳粛な雰囲気のなかで行われる。
【祭儀と神話・世界観】祭儀には神話的原初の出来事を再現し,現実の世界の根源的な生命を再生するという性格がある。古代バビロニアのアキーツ祭には,天地創造の叙事詩が,四つの眼と耳をもち,口から焔を出す主神マルドゥクを祀る寺院で数回,おごそかに読誦された。そして,マルドゥクと海の怪物ティアマットのあいだの戦いが再現され,マルドゥクが勝利を得る。マルドゥクはティアマットの引き裂かれた屍体で宇宙をつくり,人間を悪魔キングウの血から創造したと伝えられている。このアキーツ祭は演劇的要素を含んだ天地開闢を再現したもので,この祭りをとおして現実の秩序が再創造された。パプア=ニューギニア南部のマリンド=アニム族のあいだにも,アキーツ祭と同じような原初の出来事を劇的に再現したデマ神の祭りが行われている。デマ神は原初の終末に殺され,その身体から栽培植物や生活にとって有用なものが発生したと信じられている神で,マリンド=アニム族はデマ神の死によって現在という時間が始まったと考えている。祭儀はまた世界を構成する二つの原理が相争うという双分観にもとづいた行事を伴っている。東アジアから東南アジアにかけて,農耕儀礼の一環として行われている綱引きは,一方の綱が男性原理を現し,他方の綱が女性原理を現すとされ,女性原理の側が勝つことによって,来たるべき年の豊作が保証されるという構造をもつ。1年が冬と夏に二分されるエスキモーの綱引きは,冬に生まれたものからなる雷鳥組と,夏に生まれたものからなる鴨組とのあいだで争われ,夏の鴨組が勝つと,その冬は好天気に恵まれると伝えられている。シベリアのヤクート族の春の祭りにも,エスキモーの場合と同じように,冬と夏の争いを象徴した相撲が行われているが,ヨーロッパでは,こうした冬と夏の象徴的な争いは5月余とか夏至や冬至の祭りにみられる。
〔参考文献〕ミルチア=エリアーデ,堀一郎訳『永遠回帰の神話』1963,未来社
大林太良編「儀礼」現代のエスプリNo.60,1972,至文堂
薗田稔「祭−表象の構造」村岡空編『儀礼の構造』1972,佼正出版社