●蔡温 さいおん
アジア 日本 AD1682 江戸時代
1682〜1761(康煕21〜乾隆26)近世琉球(りゅうきゅう)王国の代表的な政治家・学者。蔡温は唐名(とうめい)で琉球ふうの名のりを具志頭親方文若(ぐしちゃんうえいかたぽんじゃく)といった。琉球に帰化した中国人の居留区久米村の名門の出で、福州(ふくしゅう、中国福建省)出張のおり、同地で実学を修め、帰国後国師(こくし)職(国王の教授役)に任ぜられた。1725年(乾隆3)、父蔡鐸(さいたく)の手になる正史『中山世譜(ちゅうざんせいふ)』に大幅な改訂を加えるなど、修史事業にも功績があった。1728年、久米村出身者としては異例の抜擢をうけ三司官(3人制の大臣ポスト)となり、首里(しゅり)に屋敷を与えられている。ときの尚敬王に重用された彼は、1753年に三司官を辞するまでの25年間、行政改革・殖産興業・儒教教育などの面で国政に敏腕をふるい、その死後も〈三司官は4人制になった〉と評されるほどの影響力を後世に及ぼした。政治のかたわら、『簑翁(さおう)片言』『醒夢要論』『独(ひとり)物語』『自叙伝』など、多くの書を著した。琉球の近世体制の完成者と評価されている。
〔参考文献〕崎浜秀明編『蔡温全集』1984、本邦書籍