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●コンラート1世 コンラートいっせい

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 ?〜918 ドイツ王・西ローマ皇帝(位911〜918),906年フランケン大公。国王ルートヴィヒ4世の死でカロリング家の血統が絶えたのち,911年前国王補佐役であったマインツ大司教ハットーのあっせんでドイツ王に選挙された。即位後,カロリング的集権制の保持をはかり,教会勢力の支持を得ながら,成長しつつあった部族大公勢力の抑制につとめた。とくにザクセン大公ハインリヒ,バイエルン大公アルヌルフと争った。対外的には,前王治世から王国各地を攻略していたマジャール人の侵入が激しくなったが,防衛のための有効な手段をとり得なかった。またフランスのシャルル単純王の侵攻に対しても,アルザスは奪還したものの,ロートリンゲンの回復には失敗した。ザクセン大公との戦いで傷ついたが,死の直前,自らの弟の代わりに,有能な敵ハインリヒを次期国王に指名した,と伝えられる。