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●コンヤ

アジア トルコ共和国 AD 

 トルコ中西部の都市。ローマ=ビザンティン帝国時代から,隊商路の合流都市として栄えた。当時の名はイコニウム。1071年に小アジア(アナトリア)東部において,ビザンティン帝国軍がセルジューク=トルコ帝国軍との決戦で大敗したため,トルコ騎馬遊牧集団による小アジアのトルコ化が開始された。彼らはイランを本拠地とするセルジューク=トルコ帝国の皇族シュレイマン=クトゥルミッシュにより統一され,1078年にルーム=セルジューク王朝が成立し,コンヤはその首都となった。同王朝の全盛期はアラ=エディン=カイクバット1世(在位1219〜1236)の時代で,当時の神学校(メドレセ)・モスクなどが現存している。同王朝は1243年に,モンゴル五大王朝のうちイランを本拠地としたイル=ハン朝に臣従させられ,1308年に内乱のため滅亡した。

メウレウィー教団】コンヤは今なおトルコ人のみならずイスラーム教徒にとって聖地である。それはイスラーム神秘主義者の代表ともいえるメヴラーナ=ジェラレディン=ルーミー(1207〜1273)の霊廟があるためである。このイスラームの聖者はホラズム帝国に生まれ,モンゴル軍の西進により各地を転々とし,1228年に高名な神学者として全盛期のルーム=セルジューク王国へ招かれた。彼はコンヤで後にその名からメウレヴィと呼ばれた教団を創立した。それは神と人間との神秘的な合一を目的として,コーランの誦読と典雅な音楽により,ゆるやかに集団で旋回しながら精神を高い次元に到達させようという修道士教団であり,西欧においても“踊るイスラーム教団”として有名になった。だが,それは踊りという激しい動作ではなく,優雅な旋回であり,あくまでも精神を統一するための手段にすぎない。〈理性だけでは神を求められない。感性により神に近づけ〉というメヴラーナの説は,聖職者たちの反対にもかかわらず多くのイスラーム教徒をひきつけて,民衆から“聖者”と呼ばれた。メヴラーナ廟への巡礼は今も跡を絶たない。