●権藤成卿 ごんどうせいきょう
アジア 日本 AD1868 明治時代
1868〜1937(明治1〜昭和12) 昭和初期の社会思想家。本名善太郎。カン※注1※子またはカン※注1※々子と号す。久留米藩藩医の家に生まれ,二松学舎中退。同郷人で明治期の著名な朝鮮浪人として,日本の韓国併合に裏面で活躍した禅僧の武田範之とともに,黒竜会が日韓両国対等の連邦を目指した民間運動,いわゆる〈日韓合邦運動〉にブレインの一員として参画。第一次世界大戦後の世情変化に対応して“自治学会”を組織し,論策『自治民範』を発表。また“老壮会”にも参加。明治国家体制に対する批判を軸に,社稷(しゃしょく)・自治の概念を歴史的記述によって展開させた独特の国家論は,いわゆる家学“制度学”と結びつけられて論じられたが,“制度学”は家学の名によって自らの思想を権威づけ,当局の弾圧から護るための便法であった。社稷中心の農村自治を説く権藤の思想は,昭和初期の無産・農民運動や国家主義運動に幅広い影響を与えた。
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