●コンティキ号 コンティキごう
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トール=ヘイエルダールを隊長とする6人の北欧人が乗り組み,南アメリカからポリネシアに達した筏(いかだ)。「コンティキ」とは,インカ帝国大司祭の名。彼はペルーのチチカカ湖畔で他種族に襲われ,太平洋岸に逃れたのち,西の海に乗り出して消えたと伝えられる人物。それと同じ乗物と考えられるバルサ材の筏を組み名づけた名称。1947年4月28日ペルーのカヤオ港を出発,難航を危ぶむ声をよそに,102日目の8月7日ツアモツ諸島ラロイア環礁で座礁した。これにより,南アメリカからポリネシアにいたる筏の堪航(たんこう)性と,ポリネシア人の一種族が南アメリカからの渡来民族であることを証明したと主張した。難破したコンティキ号は,その後スウェーデンに運ばれ,「コンティキ博物館」で展示されている。乗組員の一人に,そののちもタヒチを中心に,人類学的あるいは歴史的な研究を続けているベンクト=ダニエルソンがいた。