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●コンスタンティヌス1世 コンスタンティヌスいっせい

AD274 

 274〜337 ローマ皇帝(在位324〜337)。上モエシアのナイスス(現ユーゴスラヴィアのニシュ)で生まれる。父はコンスタンティウス=クロルス,母はヘレナ。296年ディオクレティアヌス帝に従ってアレクサンドリアに遠征,ついで副帝ガレリウスとペルシア戦に参加する。306年父の死後ヨークで軍隊によって正帝に推されるが副帝にとどまる。312年ローマ市郊外のミルウィウス橋畔で僭称帝マクセンティウスと戦った際,天空に光る十字架を見,そばに〈汝これにて勝て〉という文字を読み,その夜夢のなかでキリストが十字架に軍旗をつけるよう命じ,その命令に従って勝利を得ることができたという有名な伝承がある。この戦いでマクセンティウスを倒して元老院から祖国の解放者として歓迎され正帝に就く。313年同僚皇帝リキニウスとミラノで会見し連名で『ミラノの勅令』を発布し,あらゆる宗教に信仰の自由を認めキリスト教を公認した。その後両帝は対立するようになり,326年アドリアノープル・クリソポリスの戦いでコンスタンティヌス帝がリキニウスを破り帝国を統一し単独支配者となった。この間325年ニケイアに公会議を召集しアタナシウス派三位一体説を正統とし,アリウス派を異端として教会の統一につとめた。330年異教的な伝統をもつローマからキリスト教的な新都市コンスタンティノープルに遷都した。帝の統治はほぼディオクレティアヌス帝の統治を踏襲していた。コロヌスの土地緊縛の勅令を発し,身分・職業の固定化をはかり,文武の官職を分離して官僚制を整備,専制君主体制を強化した。