●是川遺跡 これかわいせき
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青森県八戸市にある縄文晩期の集落遺跡。1920年以降再三にわたる調査が行われた。真福寺・亀ヶ岡などとともに早くから注目された遺跡である。段丘の平坦面上には住居址群・墓域・土器・石器などを含む包含層がそれぞれブロックを形成しているようである。遺跡西方の一王寺山から下る小沢に面する段丘崖に沿って,クルミ・トチ・ナラなどの果実を基質とする泥炭層が存在する。この泥炭層はハア火山灰層をおおう黒ぼく土壌中に包含されているが,従来の調査では新期火山灰の存在は指摘されていない。泥炭層は,八戸火山灰層と黒ぼく土壌の中間に多量の植物遺体が堆積して形成されたもので,地表下1m,層厚1.2m前後。 大洞 B 期主体で大洞 C 期のものも相当ある。晩期初から中葉まで。植物質遺物としては籃胎漆器(皿)木製容器(椀・壺・鈿田・高坏)・漆製櫛・耳飾り・腕わ・丸木弓・合わせ弓・飾太刀など。樹皮・つたなどを用いた編み物・組み物・動物遺体なども出ている。