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●ゴールド・ラッシュ

北アメリカ アメリカ合衆国 AD 

 19世紀半ばにカリフォルニアの一角から始まったゴールド・ラッシュは,西部全体の開拓を促進し,アメリカ社会に大きな影響を与えたばかりか,ヨーロッパにも間接的な衝撃を与えるほど大きな力となって伝わっていった。

【金鉱の発見】1848年1月24日,カリフォルニア中部を流れるアメリカン川のほとりで,すばらしい金鉱が発見された。当時,カリフオルニアの南部から中部へかけての地域は,現在のアリゾナ・ニューメキシコ,さらにネヴァダやユタの一部を含めて,広大なメキシコ領の一部だった。カリフォルニアまでの土地を一気に手に入れようとしたポーク大統領は,1846年にテキサスの国境問題を契機にメキシコと開戦し,1847年にはメキシコ=シティを占領した。

 当時アメリカの世論は西への領土拡張に賛成で,マニフェスト=デスティニー(明白な天命)ということばが流行し,西へ向かって進む天命を,アメリカ人は神から与えられていると信じていた。そのためメキシコ戦争の一方的勝利をアメリカ人は歓迎し,現在の西南部一帯に当たる広大な地方の割譲をメキシコ側に要求した。事実1848年2月2日に結ばれるガダルーペ・イダルゴ条約ではその要求通りになったが,それより少しだけ早く,その土地のなかから金鉱が発見されていたのである。

【衝撃の拡散】当時,カリフォルニアの中部でメキシコ政府から借りた土地に,大規模な農園を経営していたスイスからの移民ジョン=サッターは,使用人の一人,マーシャルが1月28日に興奮して訪ねてくるのに出会った。マーシャルは1月24日に,アメリカン川から引いて水車を回している溝の流れを早くしようと,スコップで底を掘ろうとしたとき,キラキラと輝く物体を目にした。それがまぎれもなく金であることを知り,主人のサッターに知らせる決心をするまでに,4日間を必要としたのである。

 サッターとマーシャルの興奮した様子に気がついた他の使用人たちに対して,2月1日にサッターは,秘密を守るように要請したが,実際には何の役にも立たなかった。噂はたちまちにして広まり,使用人たちはもう農園の仕事をしなくなってしまった。噂を伝え聞いた者はすべて,金鉱探しに飛び出してきたので,サッター農園は踏み荒され,あっというまに荒廃してしまった。しかし,金鉱発見を知らなかったメキシコ政府は,1848年2月2日条約に調印し,広大な土地をアメリカに割譲した。アメリカはラッキーな運命を手にしたのである。

【フォーティ・ナイナーズ】当時の交通手段では,金鉱発見が東部の社会にも伝わり,しかもそれが事実であると信じられるようになるまでには,さらに数カ月が必要だった。しかし一旦事実が伝わると,その衝撃は大きかった。

 それまでにも西部開拓の波は絶えなかったが,その大部分は,農民や牧畜業者,それに町づくりに参加する人たちだった。しかし,このときから一獲千金を狙う山師たちが,どっと西部へ向かうことになった。こういう人たちの波は,1849年に最高潮に達したので,「フォーティ・ナイナーズ」(49年組)と呼ばれている。

 金鉱発見を夢みて,カリフォルニアに向かう方法はいくつかあった。数カ月以上をかけて,帆馬車で大陸を横断する方法,東部から船でパナマに到着,パナマ地峡を横断してまた船に乗る方法,これは8週間くらいで一番早かったが,また一番金もかかった。それから全行程を船で,南米の南端を迂回する方法。とにかく1849年からの3年間に,カリフォルニアに到達した人間は20万人を超えたといわれている。

 このため,1850年には人口の急増したカリフォルニアが,他の西部に先がけて州に昇格した。カリフォルニアから逆に東へ向かうフロンティア=ラインが生まれたほどで,このゴールド=ラッシュの大波は西部全州に及び,鉱山州(マイニング=ステイツ)が,次々に誕生していった。